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奪われた「文化財」

      

★略奪された「文化財」   一月号 二〇一三年   (ぱっ) (ちょん) (ふぁ)

        先祖の墓には決して手を付けない

        、朝鮮の伝統的慣習を無視して墓は破壊され続けた―



総督府の主導の元に

「内地」では許可しない

陵墓の発掘を

「韓国併合」前から始めた


百済王陵の大古墳

高句麗壁画古墳・楽浪遺跡

伽耶古墳・高麗王陵 

発掘、濫掘、盗掘、搬出した


資力と知力と名声に恵まれた

小倉武之助の

植民地侵略に乗った

電気事業の大成功


韓国の返還要求を拒否した      (日韓条約成立の時)

東京国立博物館の

「小倉コレクション」は

古代から朝鮮王朝まで


「死の商人」と呼ばれた

武器商の大倉喜八郎

景福宮東宮の「資善堂」を

自邸に移築した


蒐集品の私設美術館         (大倉集古館)

庭園には

十数点の朝鮮の石塔と

高麗王朝の多層石塔二基 

  

イタリアは

持ち出したすべてを原状回復し

植民地主義の清算をしたという


連合国総司令部の

返還命令を無視した

略奪朝鮮文化財の六万余点

未だに故郷に還れない

 

(高麗青磁・副葬品・石像・石橙・石塔・石仏・石碑・書画・骨董品)


☆私の宝物。

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〇上の2個は、共和国で、作られた、娘の修学旅行のお土産。

〇下の左は、韓国産。骨董店で。右は、共和国産、お土産に頂いた。

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〇金賢純さんは、1938年、日本で生まれ、京都市立美術大学陶芸家を卒業、スエーデン首都ストックホルム王立美術大学に学ぶ傍ら,作陶をはじめ、1966年、朝鮮民主主義人民共和国に帰国し、高麗に次ぐ李朝鉄砂や白磁の伝統作陶技法を開発した。国宝指定の秀作もあり、ますます期待される。1989年の現代高麗青磁と絵画名作展を見に行った時の部厚いパンフレットには、もっと詳しく紹介されている人である。李賢純さんの作品。娘の婚家の伯父さんである。娘の婚家から贈呈された白磁。

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〇実家から贈られた刺繍の密林の絵。樹木には、、ハングルで、白頭山、三千里などの語彙が入っている詩がある。
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〇晴れた11月の或る日の、東の窓から見えた日の出。
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☆韓国で、素晴らしい伽耶の遺物が発掘された。深く深く地中に潜んでいたのであろう。日本の濫掘、盗掘に合わずに残っていたことを本当に嬉しく思い、6年前に、怒り、悲しみ、涙を流しながら詠んだ作品を思い出した。



by pcflily | 2019-12-02 16:38 | アリランエッセー | Comments(0)  

この国の体質は

十二月号        2019年

この国の体質は?           (ぱっ) (ちょん) (ふぁ)   神奈川

連日の報道に

韓国非難続ける

己の非道を知らない人々――


この国は植民地支配の罪と

戦争による加害責任の

清算を全うしていない 

            1965年・日韓基本条約

国策の朝鮮侵略

独立国朝鮮を支配する為の

日清・日露戦争の殺戮 

            1894年・1904年

朝鮮で盗賊と化した日本人

王家の墳墓を暴き続け

高麗青磁までを収集した   高麗青磁は一般の人の眼に触れられないものだった


伊藤博文は

朝鮮王朝の書籍、青磁、白磁、古書等

文化財ごっそり皇室に献上した


憲兵と軍隊を引き連れて

朝鮮全土の遺跡を               高句麗、百済、新羅時代

濫掘し略奪した日本の学者達          東大を含む各大学所蔵


小倉武之助のコレクション

朝鮮の盗掘品、略奪品まで

国立博物館は所蔵、展示する


天皇の御為と

日の丸と旭日旗掲げ

流した膨大な血、今も歌う

「君が代は千代に八千代にーー」        1998年国旗国歌法制化


福沢諭吉の天皇制による

民の洗脳奨励は功を奏し

「令和」に酔い痴れる


〇FBを初めて、間もなく、蜜陽朴家の沢山ある中での同じ派の人との連携が出来たのは、1か月も経たない時であった。

また、公的な支援を受けないで、韓国と日本の人たちが、力を集結して作り上げた「植民地歴史博物館」の職員の人とも会うことになった。まもなく、下の写真にある写真を彼が送って下さった「植民地歴史博物館」の日本語版である。ソウル駅から歩いても行けるほどの近さなので、訪韓した時には、是非、参観して欲しい。

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〇これは、開館を喜んだ私が鶴を折って、作った統一旗と축・祝の文字。写真なので、小さいが実際の大きさは,縦38cm横30cmのものである。不器用な私は疲れ果て、写真を写すことを忘れ、訪韓の時もカメラを持って行かなっかった。受付のカウンターに飾って下さったのに~~~。青い折り紙を提供して下さった町内の婦人会の人達が、出来上がりを見たいと言うのに、見せられなかった、ガイドブックと共にこの写真も、ようやく届いた。1年ぶりに見る事になり、見せることが出来て本当に、良かった。
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〇共生ラウンジのフエスタでの年に一度の行事で「ハングル体験教室」で、今年も参加、一人で奮闘した。嫌韓騒ぎの中なので、心配でもあったが、私の「ハングル体験教室」は大盛況であった。昨年はチョゴリも、もっと沢山持っていき、朝鮮の風土を表す絵やこけしなども沢山展示したが、今年は、息子がラグビーに、関わっていたので、協力を得られず、残念であった。
こんな場所でも、差別感を味わった。いつもの事だが、今年は、絵手紙と、水彩画と私のハングルを知る、体験講座が同じ場所で行われたが、今年も、椅子が足りなかった。私が立ったままで話すか、体験者が立ったままの場合も何度かあった。相手の2組は、全く、体験者がいないので椅子は、空いているのに、使わせてくれない。入口の案内の表示も二人のものが良く見えるようになっている。私は、空いていた左上に、小さなものを、ようやくつけることが出来たのであった。でも、熱心に私の話を目を輝かせて聞いてくれた中・高生の事を思うと、来年も参加しようと思うのである。

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〇雪をかぶった富士、3分ほど歩けば見えるが、うまくカメラに納まっていない。
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by pcflily | 2019-11-23 23:20 | アリランエッセー | Comments(0)  

独り学びの母国語にーー

十一月号原稿


独り学びの母国語にーー         (ぱっ) (ちょん) (ふぁ)    神奈川

 

かつて「朴」にパクと

クは小文字だよとーー

小文字クの発音は日本語にない


「ハングル」は文字の名       

「ひらがな語」はない

「ハングル語」もない


正式名は朝鮮語

「ハングル」は

科学的、合理的、機能的と

世界の学者の認定


母音は「()()()」の意

子音は発音記号ともなり、

表音文字なれど

漢字一字を一字で表記


促音と撥音から

始まる単語はない

故に「ハングル」は

一字で表記しない


発見、発展、発表の促音「っ」     

歓迎、感銘、観念の撥音「ん」     (後続音の種類により発音が変わる)

三つの発音の違いを表記する


大根をタイコンといった

オモニを嘲笑していた人々

何も知らなかった私

朝鮮語は語頭が清音だった


言葉を生業(なりわい)の人達

間違いに気づかないのか?

不思議な朝鮮語を使う

誰も嘲笑しないーー


☆下線の部分は選者により、削除された。この作品を書く動機になったのは、オモニの事を思い出したからだ。学校で言葉を覚える時にはメモをしたり本を何度も読むだろう。文字も知らない、教える人もいない見知らぬ他国で、必要に迫られてようやく覚えたのであろうに、周りの人はせせら笑うのだった。何も知らず、何も言えなかった私。

一人で母国語を学ぶ過程で朝鮮語は語頭が清音であることを知った。

知識ある日本人が、言いにくいと言って日本式に発音する時に、私はいつも、オモニの事を思い出す。そうして、朴を、パクじゃない、パッと訂正する。チョンファと呼んでと話す。せめて、半分だけでも、きちんと読んで,詠んで呼んで欲しいと思うのだ。言いにくいからと、パクさんなどと呼ばれると、創氏改名を思い出してしまう。そんなことを言っていると、世間を狭くすると言われたことがある。私は、広い世間に出ようなどとは、思っていないと返事をする。

◎台風一過の翌朝。
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◎台風にめげず咲いたオーシャンブルー。強い花。
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◎何故か全く動かない黒い蝶。生まれたばかりなのだろうか?
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◎台風の翌朝のベランダのオーシャンブルーー。
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◎百日紅。
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◎彼岸花。
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◎台風一過の夜の月。
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by pcflily | 2019-11-02 20:46 | アリランエッセー | Comments(0)  

武力威嚇行使の「韓国併合」

十月号原稿

武力威嚇行使の「韓国併合」

              

木戸孝允の言               (維新三傑の一人・吉田松陰門弟)

「朝鮮に罪を鳴らして

その土(国土)を攻撃、

神州(日本)之威を伸長せん」

                   

「江華島」に軍艦で乗り込み         (1875年)        

大砲で威嚇、上陸し民家焼き払い、

銃砲、楽器等を略奪


脅しの不平等条約

「日朝修好条約」は               (1876年)

治外法権、日本の通貨使用

輸出入品の関税免除


金、米持ち出し、食料買い占め

田畑、山を取り上げ

王宮を占領

夜襲の「明成皇后殺害」               (1895年)

 

東学農民義兵達

全土で「抗日闘争」

日本軍は三光作戦で

村ぐるみ抹殺、殲滅


憲兵隊で威嚇の伊藤博文          (1905年)

外交権を奪う「第二次日韓条約」   

反対の大臣引きずり出し

拒否の国王の国璽奪い――


朝鮮に二十八の監獄作り     (1908年)              

義兵を検挙、拷問、虐殺

日本陸軍の巡回と監視の中

「韓国併合」                  (1910年)


過去は消せない

真実の歴史認識と

戦争責任の直視こそ

未来の希望に繋がる


☆朝鮮の方達に、35年間も迷惑をかけました。殆どの人たちが、話す言葉だ。

こう言われたの時に、私はいつも違和感を感じてきた。1950年の「韓国強制併合」の事を言っているのは解るのだが、事実は、併合以降の事それだけではない。


併合以前から、あまりにも酷いことを、日本は、どれだけ強行していたか分からないのだ。500年以上続いた朝鮮を「大韓帝国」と国名を変えてまで、中立を宣言した独立国に対して、武力をもって、悪事の限りを続けた挙句に強制併合した。

朝鮮は、遅れていたと皆が言うけれども、近代化にいろいろと、努力をしている。

電車を走らせたのは、アジアで一番早かったしソウルの街の整備もしている。日本よりも早かった。外国語を学習させるために学校を作り、教師も外国から招聘した。米国から来たハルバートは高宗に協力したが、その教師の一人であった。

1910年以前の悪行は余り考えようとしない人たちに訴えたいと思い、この作品を書いたのだが、選者には汲み取って貰えず、下線のある処は削除されている。

作品の形が大切と言うのだろう。

人間に例えれば、どんなに良心的で善良な人でも、美男、美女でなければ相手にしないという事なのだろうか。

「本当のものを歌え、、恐ろしいものを歌え小器用な上手な歌人など幾らいたって仕方ないんだ。本当に恐ろしいものを歌え」

「戦争は終わっていない。こんな見せかけの平和など指一本でひっくり返る」

これは、尊敬する近藤先生の言葉である。


☆今年の8月も、「平和の灯を、ヤスクニの闇へ」のキャンドル行動に参加した。

錚々たるパネリストの講演と、「親族を無断で、靖国に合祀された遺族の方々」の胸の痛む訴えを聞く。

靖国は、いつまでこんなことを続けるつもりなのだろう。戦争の反省も謝罪もしていないということは、この靖国に、国の議員が参ったり、首相としての安倍がタマグシリョウとかと、ごまかしておかしなことをしていることで、証明されるのだ。

幼児でさえ間違ったことをした時には、謝ることを知っている。この国の治世・知性は、どうなっているのだろう。若い世代が、安倍政権に、一票を投じたと聞いて驚いた。世界の中でも、名だたる教育制度を持っていると聞かされたことがあるが、天皇を神と思わせる教育が浸透しているのだろうか?


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by pcflily | 2019-09-27 21:16 | アリランエッセー | Comments(0)  

独り暮らしの日々に

猛暑にもめげずに、花を見せて私を慰めてくれたわがさ庭の花々。その中でも、雨期に咲くはずの、紫陽花の「墨田の花火」迄咲いてくれた。嬉しかった。寂しい私を慰めてくれようとしたのだろう。
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〇桃栗三年柿八年というのに、15年経ったのに、今年も柿の実は、青いうちに全部落ちてしまった。一度も、一個も、食べられるまでには育たない。私が、大人になるまで、暮らした会津は柿の名産地であったので、思い出の柿の木を植えたのに、なんと意地悪な柿の木なのだろうかと思う。


9月号


独り暮らしの日々に        (ぱっ) (ちょん) (ふぁ)     

今年、初めて

開花する筈だった薔薇

花はなく枝は折られた


終の住処と決め

暮らし始めて間もなく

裏門が外されていた


裏門前の空き地に

植え続けた花は8年間

抜かれ続けた


八重咲きの無窮花

隣家に花びら散ると

伐らされ、枯れ果てた


許可を受け植えた花々

すべて抜き取られた

交番前も、公園も


前触れもなく

裏門の通路を塞いで

ゴミ置き場にーー


度々の反故、吾の提案        (関東大震災時朝鮮人虐殺神奈川追悼会)

何故かと質せど、答えず

吾の退会後に実施してるという


些細な事、愚痴だと

他人(ひと)はいうけれど

()(かみ)り、脱亜入欧の

精神が今も尚、続いているーー


by pcflily | 2019-09-15 19:07 | アリランエッセー | Comments(0)  

念願の平和協定よ

〇目覚めてすぐに今から空を見たら朝日が昇って行く所であった。つい📷を出したが、私のカメラではあの赤い色が出ない。説明書を読めば分かるのかな。
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〇昨夜に咲いた月見草、大松宵草が正式の名前と言うが、この花を見ると、月見草がぴったりだ。2012年の神奈川歌壇に入選の歌は
「この夏の大松宵草の星明り思いて空き地に苗を植えゆく」だった。
この歌の掲載新聞を町内会長に見せて近所の嫌がらせを止めることが出来た。
名札を付けて私が植えた花を全て抜いていた老爺も、何もしなくなったので、瓦礫だらけのこの空き地が現在は花一杯になった。
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〇二つの月見草の歌を知ることが出来て、口遊んでいる。月のしずくを吸って咲くと言う歌詞があるが、この花を見ていると本当にそうだと思える。黄色と言えば少しきつい印象を受け、嫉妬の色だと聞いたことがあるが、月見草のほんのりと優しい黄色を見ると私も優しい心になり優しかった人達の思い出に浸る事が出来る。
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〇我が家の裏にこの小さな坂道がある。道はコンクリートであるが両脇が瓦礫の空き地だ。私にとって最高の贈り物になっている。通行人は、私とマンションに変える時の息子だけだ。10年以上かかったが私の花園になった。空き地を見ると花を植えたくなる。私の病気かも知れない。近所の交番と公園に、許可を得て花を植え、漸く根付いて安心して、ちょっと一休みしたら、何れもごっそりと引き抜かれていた。高齢な私の為に、手入れが大変だと、誰かが抜いてくれたのだろうと思う事にした。

〇足元に広がる冬でも緑の葉が枯れない蔓日草。
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〇息子は車の駐車に邪魔だと言っていたが、今年は小さい車にしたので、日陰にならなくなった花と私はご機嫌だ。訪韓の時に頂いた百日草が今年は家の前も後ろも横にも一杯咲いている。
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〇壁を這う定家葛の為に無窮花の枝を左に引いたので横になった枝に花を咲かせ、玄関前を明るくしている。一日花なので、朝一番に散った花柄をかたずけるのが習いになっている。
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〇急にドドンドドンと大きな音がするので音がする方を見たら、花火が上がっていた。写真にはきれいに映らないが暫し夢の世界に浸った。これは土曜日の写真だが、日曜日にも花火は挙げられた。カメラは出さずにじっくりと、見る事を楽しんだ。何の祝いの花火が挙げられたのか知らないがーーー。嬉しく幸せになった。
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八月号原稿 (五月に詠む)


念願の「平和協定」よ     (ぱっ) (ちょん) (ふぁ

   

米国は休戦協定を

一方的に廃棄し

韓国に核を配備した   

   ( 一九五八年配備・一九九一年撤収)


国際法を無視した

ブッシュ大統領の

核先制攻撃論

米国の暴走は誰も止めない


金大中大統領の訪朝に

歓喜した日々

廬武鉉大統領の訪朝も続き

南北の硬い扉は開いた


李明博大統領は南北の

扉を閉め

朴槿恵大統領は

鍵をかけた


民衆の

キャンドル革命が生んだ

文在寅大統領の

平和希求の「板門店宣言」


「休戦協定」を廃棄し

「平和協定」を年内に

南北民族の共存と繁栄の訪れだ


南北民族の意志を

米国が握り潰す

銃を突き付けられて

握手を出来る筈はない


三八度線の非武装地帯

世界遺産への道が待つ

北東アジアの平和に繋がる


米国の掌中にある念願の南北同胞の「平和協定」




by pcflily | 2018-07-15 22:32 | 『新日本歌人』 | Comments(0)  

祖国・母国・故国を慕い続けて

七月号原稿    (4月に詠む)

祖国・母国・故国を慕い続けて   (ぱっ) (ちょん) (ふぁ

)   

生地は植民地朝鮮

アボジの逃亡予防の人質として

一歳でオモニと渡日


韓国と名称変えた祖国

四十年の後

一度だけ許された

母国訪問墓参団   (本家の伯父より古書を託される)


戻れる保証無く

記念撮影と

子供への思いをテープに遺し

覚悟を決めて出発


祖国の土になると独り帰国の

アボジの葬礼の

五十九年後の帰国にも

監視人が付いていた 

   (叔父はすでに逝去、本家の長男・従兄より古書を再度託された)


選挙権を得んと韓国籍に変更。

いとも簡単な訪韓許可

親族に誤解されていた私


独学の母国語で

交わし合った言葉の数々

真実の心は通じた

父母の傍に私の墓標までーー


生地故国の記憶

欠片さえなかった

求め続けて幾十年

はや八十路の坂に


本家に伝わる百年前の  (百年を超す古書と鑑定で判明)

貴重な古書を贈られた私 本家の長男・従兄より古書の贈呈)

本家に遺された古書が――

保存の為の訪韓をと心せかされる

   (後継者のいない従兄が急逝し、守る人がいない)


〇右の写真は本家の伯父さん、私のアボジのお兄さん(二重瞼の私のアボジより、一重瞼の本家の伯父さんに私は似ているようだ)わが朴家は男児が少ない。アボジは二人兄弟、伯父さんの子供も男兄弟二人だけ。私のアボジは男児をと願い7人も生ませたのに、女児だけであったので本家の次男を養子にした。

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〇1980年、生地朝鮮への初めての帰国。高校受験の娘を大学生の息子に依頼し、店も任せて、或いは、日本へ戻れないかもしれないと言う危惧も抱きながらの韓国行きだった。

私の念願の朝鮮でチマ・チョゴリ姿で歩くことを実行した。韓国では誰もチマ・チョゴリを着ない、暮らしていないと反対されたが、一人でも着ると最後まで譲らなかったので、オモニも妹も同調した。300人ほどの団体の中で私達母子だけであった。

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〇オモニの弟である叔父さん夫妻。
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〇大輪のピース。

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〇大輪のピースの枝に咲いたピースが中輪の黄色のゴールドハニーが同じ茎に一緒に咲いた。ゴールドハニーが咲いてピースは負けてしまった様だ。こんな不思議な事もある。

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〇家族で鍋物をする時の大皿に浮かべて楽しんでいる。そのまま咲かせておくと後から、咲こうとする蕾が惨めな姿になってしまうので取り除く。
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〇大量に咲くので、ドライフラワーにして楽しむことにした。農薬を使って無いので、薔薇のお茶にしても良いかも友思い始めている。
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〇ベランダから見たゴールドハニー。
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〇定家葛、まさきのかずら,丁字葛ともいう。小さな香りのある五弁の風車の様な花が咲く。今年は花が沢山咲いた。
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by pcflily | 2018-05-09 16:58 | アリランエッセー | Comments(2)  

南北、米朝首脳会談に祈る

六月号原稿         3月に詠む

南北、米朝会談に祈る    (ぱっ) (ちょん) (ふぁ)      

      

文在寅大統領の誕生

私の胸に芽生えた

南北和解の兆し


南北の指導者

わが民族問題は

我らの意志で

運転者は我々だ


つい100日前迄の

戦争への恐怖消えて

和合と笑顔の交流


実践された

「平昌五輪を平和五輪に」

厳寒の冬季五輪は

信頼と喜びに溢れた


希望の芽の風船がどんどん

膨らみ、不安も膨らむ

悪意の矢が飛んで来たら~~


「朝鮮国滅亡こそ其幸福は大」と

唱えた福沢諭吉の貌

今も猶、一万円札にーー


金大中大統領の訪朝の日

素直に喜び信じた

念願の祖国統一


禁句になった「祖国統一」

せめてと祈る

「南北の相互交流」

永遠に、永遠に。


☆待ちに待った南北首脳会談、明日に迫ってきた。私のたった一つの願い、それは戦争をしないこと。「休戦協定」が「平和協定」になる事だ。軍事費を使わなくとも良い関係ができること。終始一貫、共和国は「平和協定」をと主張して来た。米国が、自国の利益の為に、無視し、敵視してきたことを止めて、「平和協定」に署名する迄、南北会談、朝米会談が無事に進んで欲しい。

〇何時の日か、帰ると信じていた頃に集めた。

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by pcflily | 2018-04-26 23:46 | アリランエッセー | Comments(2)  

南北和合を祝い厳冬に開花の蔓薔薇

四月号原稿         (2018年1月詠)

南北和合を祝い厳冬に開花の蔓薔薇   神奈川県    (ぱっ) (ちょん) (ふぁ)


厳寒の寒風の中

厳冬に五輪の蔓薔薇ゆれる

硬い蕾が喜びの出番待つ


苦闘のハルモニ達を招待

祖国が無視、放置したこと

謝罪の文在寅大統領


生存中に公的謝罪と賠償を求め

水曜抗議デー

26年間・1318回だ


去年の秋頬寄せ合った

金福童さんの入院

招待の直前に逝去のハルモニ

生存者は三十一人


あえかな少女を拉致し

強姦の日帝の罪業

世界の歴史は記憶する


文在寅大統領構想の

平昌五輪を平和五輪に

IOC、米、中も応援する


南北統一旗掲げ共同入場

南北統一チーム

南北海外同胞応援団等々


「アジア大会」在日同胞応援団

子と参加した日の感激蘇る

平昌五輪の無事終了を

ひたすら祈る、終日


トランプも祝う南北会談に「安倍」は北への制裁ばかり


☆南北分断に日本の責任もある。何らかの統一への協力をしようとするのが、当然だと思うのだが、朝鮮を植民地にして得た利益を忘れられないのだろう。

朝鮮戦争で得た日本の復興も忘れないのだろう。朝鮮の分断が長く続くことを願う日本政府の態度には怒りがこみ上げるばかりだ。

〇パソコンに写真を入れる方法が変わってしまって、映した映像が探し出せなくなってしまった。

〇オレンジ色の月をカメラにおさめようとしたが、、私のカメラでは無理だった。

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〇どうして、こんな形に映ったのだろう。
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〇これも月だと言って、信じて貰えるだろうか?
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by pcflily | 2018-03-01 18:20 | アリランエッセー | Comments(2)  

尹東柱と語るー生誕100周年記念に

三月号原稿

尹東柱の「序詩」と語る――生誕一〇〇周年に  (ぱっ) (ちょん) ふぁ










)

「死ぬ日まで空を仰ぎ」     (括弧内は尹東柱の詩)

   悲しみ苦しみを乗り越える

「一点も恥じることなきを」

   父母に誓い、子に誓う


「葉あいにそよぐ風にも」 

わたしはこころ痛んだ」

   降りしきる雪と雨と

   人の言葉にも傷つく


「星をうたう心で」

   道の辺の草と花と語り歌う

君と吾の歌


「生きとし生けるものを愛さなければ」

   私には愛せないものがある

   あなたの命を奪ったものと

   戦争犯罪認めぬ輩を


   この世の最大の罪は殺人

   自死も罪なり

天が授けた命なれば


   未知のわが余命

   終活は遅々として進まない

   己の日記と写真さえ捨てられず


「そしてわたしに与えられた道を

歩みゆかねば。

今宵も星が風にさらされる」


百年を経て変わらない日本の不可思議のあり「朝鮮蔑視」


☆大好きであった尹東柱の詩を作品に織り込んだ。このような作品が認められるのか分からないが、どうしても、この形しか考えられなかった。短歌には、古歌を織り込むことがあるのだけれどーー。

3月号は2月の末に届く。選者はどんな選を下さるだろうか?

☆尹東柱の生誕100周年記念の催事が立教大学で昨年の11月23日に行われた。私の心が萎えていたので久し振りに外出をした。滅多に会えない方にもお会い出来て、意義ある一日であった。

講演と座談会、ショートフイルム上映、詩劇上演、ソウル芸術団の創作歌舞劇と盛り沢山の内容であった。

創作歌舞劇は、もう一度、尹東柱を読み直そうと思わせる感動的なものであった。

☆尹東柱の詩に夢中になっていた時期があった。「序詞」に自分でメロディーをつけて歌い、思いが溢れ涙を零した事もあった。


〇居間から見えた夜明け前

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水仙、今年は花が少ない
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白薔薇
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黄薔薇
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ガーデンシクラメン
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回復出来ない私を元気付けようと、日比さんから宝箱が送られてきました、有難うございます。ブログを書けるまでになりました。
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by pcflily | 2018-01-17 18:27 | アリランエッセー | Comments(4)