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高原伸夫さんのこと

☆『新日本歌人』2月号が漸く届いた。何時もなら20日が過ぎると届くのに遅かった。発行人の菊池東太郎さんが亡くなったからであろう。彼の為の弔文が4頁掲載された。
私は一度も会った事のない方だが、この会にとっては無くてはならない尊敬できる人であった事が追悼文で分かる。 合掌。

☆高原伸夫さんも会った事のない方であるが、彼の作品や意見に同感する事が多かった。今月も彼の作品が「月集」に選ばれた。ちなみに昨年、私は一度も選ばれてない。

   いつまでも七五調     高原伸夫

    いつまでも
    七五調から
    脱け出せない人々
    どうして
    縛られたままなのか

    勅撰和歌集が
    つくり上げた
    定型の伝統
    天皇制詩歌の
    礎だった

    七五調の
    リズムが
   文語の語調が
   「伝統」の
   衣を被っている

   「君が代」を
   歌いたくない
   天皇制を讃えた
   定型短歌の
   頂点だから

   短歌は
   こうあるべきだと
   言う人々
   何の権利で
   押し付けるのか

   瞬発的に
   頭が
   回転する
   書きたいことが
   湧き出てくる

   いろはにほへと
   ちりぬるを
   人の世の無常
   定型に嵌めて
   さて如何にせん

☆定型に収まっていないと酷い仕打ちを受け続けて来た私にとって励みになるのが、選者以外の人の「作品評」だった。でもこのように作品にして下さったことで気持ちがすっきりしている。

9月号の作品に。南北朝鮮の統一旗の色は青。北朝鮮によるミサイル発射に呼応して、憲法改正論議が政府によってされていますが、韓国文在寅大統領が誕生するなど、融和・統一に向けた模索が続いてます。日本政府がその仲介役を務める事が、過去の侵略戦争への責任を果たす事だとおもうのですが。木村美映

10月号の作品に。「アボジの墓地」と題してここに掲載された六首には、在日で暮らす作者の思いが埋め込まれている。「国を奪った日本に・己の骨を埋めない・」と遺したアボジの生涯の無念を故国の地で土葬で叶えた。重く胸に迫る作品群だが、八首連作だったら、それも読みたい。高原伸夫

☆本当に読んで欲しいと思った。選者は、私にとっての大切な文言の二首を削除したからである。アボジの心情が、現在お墓を守っている甥に伝わっていなかった事、この大切な墓地を無くし、納骨堂に遺骨が移されようとしていた事、又、私が大切にしていた朝鮮籍から韓国籍に替えた事で、甥に在日朝鮮人の心情を伝えられたことが,削除されていたのだ。これが抜けたことで連携がうまくいかない部分が出ていておかしな形になっていた。

この後半に高原さんは、
一介の田舎予備校が  どうして  巨大学校法人になれたのか   歩みを見れば  腹心の友の力が分かる  高原伸夫

拙作で恐縮だが、選者の奈良達雄氏は、「ただ短歌としては定型の倍に近い」と、一行目、四行目、「なれたのか」を削り、「見える」で結んだらどうか、とされている。「何から何まで説明してしまうと、読者の思考の余地がなくなってしまうし、鑑賞の楽しさを奪いかねない」と付言される。
この添削は正直頂けない。「どうして」は重要な疑問符、安倍が仕組んだ役割を具に見るべきだというのが歌の骨格で、説明ではない。何事にも疑問を持ち、深く掘り下げる姿勢は、歌づくりでも妥協したくない。
☆この意見に、私は大いに感動、同感した。たまたま、この号に掲載されていた私の作品「行政の差別と司法の擁護」 
東京朝鮮高校無償化裁判の  東京高裁の却下  行政の差別を司法が擁護  子供たちの権利と未来を奪う

三行目、作者が結論を出してしまっては、詩情を失う。高校生や親たちの嘆きや怒りを具象化して欲しかった。そうして、選者はこの行を削除していた。
☆何をのんきな事を言ってるのか?何年もどれだけの人々が戦い続けて来たのか?全く知らないのか?と怒りがこみ上げた。
日本人の特性のあいまいさがこんな事態を生んでいるのに、この期に及んで、詩情などと言っているほど、日本人にとっては他人事なのだと思った。私達は、もう、待ちきれないのに~~~。
「行政の差別を司法が擁護」していることへの怒りを日本人は分かっていないのでこれを書いたのだと。歌の題にも、この言葉を使っているのに、作者の思いを選者は理解できていないで削除してしまったと、この事について知人に電話をしてしまったほどだ。

☆11月号の作品に。朴さんの歌への取り組み姿勢に共感させられることが多い。日本の戦後史と安倍政治への系譜を短詩群にして綴るのは、容易な事ではない。最近では白井聡などの優れた論文で本質が解き明かされつつあるが、それでも、全国民に共通の認識には育っていない。これだけの悪政が続くのに、選挙で約半数が棄権したが、根幹は、歴史の不勉強、政治の真実を知ろうとしない無関心層があまりにも多い事が要因の一つだと思う。論文でなく短詩文芸の力で、「新日本歌人」でもこの人たちを変える努力を重ねてゆきたいものだ。高原伸夫

☆高原さんの選者への異議に対して、選者の奈良さんはこの2月号に、反論を出した。紙面の1頁を使っている。短歌は、はっきり言わずに読者に考えさせるものだという趣旨だが、私としては「新日本歌人」は、詩情に酔っている歌を推奨していてはいけないと思っている。そんな悠長な事を言っていても良い場合ではない。日本の現状ではないと思っている。高原さんの意見に大いに同感している。

〇私の友達
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〇私の友達
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by pcflily | 2018-01-28 17:27 | アリランエッセー | Comments(2)  

会いたい人。60年前の手紙の差し出し人。

会いたいなあ、あの人に~~。という歌があった。終活の中で見つかった古い手紙。
会いたいと切実に思う。どんな人であるのか、生存しているのか?封筒が無いので名前が分からない。便箋も古びた三枚の手紙だけ、他の人の手紙の封筒の中に入っていた。差し出し人の名前もなく、差し出し日の年月日もない。文面を読むと私の名前がはっきりと出ているので私宛の手紙であることは間違いない。又、昔の家庭内で呼ばれていた名前も書いてある。
彼は男性で9頭身であるらしい。また、私の送った手紙への返信であることも内容からすると、確かであり、東京から福島の会津の実家にいた私に送った手紙である。
高校生の頃から、男性の名前で私宛の手紙が届くと、家族が先に読んで、その後に私に渡されるのが、常であった。そんな手紙の為に叱られるので、差し出し人が見つかった時には、友人を連れて彼を呼び出し怒りをぶっつけ、友人に、あんな風に言っては、彼が余りにも可哀想だと言われた事もあった。
そんな生活の中で、この手紙を現在まで、保存しておいたのは、何故だろうかと気になってしまった。中学時代から、家業の事務関係の仕事をさせられていた。
相手は、我が家に働きに来ていた人であることは間違いない。家業は土木建築請負業であったので、不特定多数の人が、我が家を尋ねて来ると、その人は家族になり食事をし、寝泊まりして仕事をする。何十人どころか、何百人もの人が出入りしていた。
最初に手紙の主が、東京から投函している物に対して、私が返事を出したようだ。それとも、私のアボジか義兄に言われて、手紙を書かされたものへの返事であったのだろうか?北朝鮮には帰国しないともかいてある。
少なくとも、結婚前であることは確かだ。60年も過ぎたので時効だと思うので、手紙をここに載せてみた。書いた人なら分かるだろうと思うので、その頃の写真も載せました。
どうぞ、何方か、この手紙を下さった方に逢わせてて下さい。
ヒント、福島県会津・喜多方出身、現在80代、在日朝鮮人、福島県南会津郡江川村湯の上小野下の「木村組」で働いたことがある人。
◎横浜が今日の午後、瞬く間に雪で真っ白になった。会津の冬を思い出した。だから、この手紙の事も書こうとしたようだ。
〇今日の雪景色
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〇達筆である
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〇残念ながら、読んでみると甘い恋文の匂いはしない。

御変わりないらしいので何依り 急ぎ用が出来て會津に行って二、三日今日はなつかしの東京に舞いもどって参りました

君も元気らしいがなんだか調子が悪いとは同情の至り たった今帰ったばかりで早速に返事を書いています 此の誠意汲みとって欲しい点です 

此の頃は寒いので自炊ちっとも面白くない 朝の御飯を炊くのが一番辛い 本当は君が来たら洗濯物から御飯炊き全部を一日でも良いから働かして上げたいと思って、 どうせ貞花君 俺のエプロン姿が見たくて食べたい方ではないらしいから

近いうちに仕事の関係で横浜に移りたいと思ってるのだが移ったら通知しますから

末永く交際して下さいます様に 

朝鮮帰国の件につきましては、私と致しましても?が沢山あり

夢多き青春を氷と酷暑にわざわざ好んで行く事もないではないかと存じおる次第

或いは貞花君と思想的には一致しないかもしれないが所詮生きて行くと云う限り自分に本位に考へたいと思います、と言ったところで大した中身を持ってる訳でないが本当の個人主義に成り切れたら上等、でも案外、弱い所が有って、我ながら困る時もあります 申請は母が周囲の人と同調してやっただけで別段に深い意味はないと思います 其の様なことはどっちでもいいけど

東京なんてちっとも言い所なんて有りはしない、どうせ生きるなら 人の多い方が便利 憧れて上京する人達に僕の」涙ぐましい日常を見せて上げたい 時計が主人の眠を誤魔化すのか僕が怠けるのか三十分も寝坊した時の活躍振りをお目にかけたい、其の様な時の昼飯前の一時は此の五尺八寸 十九貫を支える我が健全なる胃袋の状態は察して余り有るものです

ただいなかでは味わうことの出来ないのは土曜日の夜更かしと日曜日の解放感は板金に値する

◎書いた本人が読んだら、この手紙を読めば、きっと思い出すと思うので~~~。

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◎自分のチマ・チョゴリはまだ持ってなかったが、オモニのチマチョゴリを借りて、朝鮮の乙女は黒髪を一本に編んで赤いテンギを付けるとのオモニのお話の通りに装った姿で写真に残した。長い髪であるので高校生だった時であることが分かる。
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◎高校卒業後は髪を短くした。
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by pcflily | 2018-01-22 16:44 | アリランエッセー | Comments(1)  

尹東柱と語るー生誕100周年記念に

三月号原稿

尹東柱の「序詩」と語る――生誕一〇〇周年に  (ぱっ) (ちょん) ふぁ










)

「死ぬ日まで空を仰ぎ」     (括弧内は尹東柱の詩)

   悲しみ苦しみを乗り越える

「一点も恥じることなきを」

   父母に誓い、子に誓う


「葉あいにそよぐ風にも」 

わたしはこころ痛んだ」

   降りしきる雪と雨と

   人の言葉にも傷つく


「星をうたう心で」

   道の辺の草と花と語り歌う

君と吾の歌


「生きとし生けるものを愛さなければ」

   私には愛せないものがある

   あなたの命を奪ったものと

   戦争犯罪認めぬ輩を


   この世の最大の罪は殺人

   自死も罪なり

天が授けた命なれば


   未知のわが余命

   終活は遅々として進まない

   己の日記と写真さえ捨てられず


「そしてわたしに与えられた道を

歩みゆかねば。

今宵も星が風にさらされる」


百年を経て変わらない日本の不可思議のあり「朝鮮蔑視」


☆大好きであった尹東柱の詩を作品に織り込んだ。このような作品が認められるのか分からないが、どうしても、この形しか考えられなかった。短歌には、古歌を織り込むことがあるのだけれどーー。

3月号は2月の末に届く。選者はどんな選を下さるだろうか?

☆尹東柱の生誕100周年記念の催事が立教大学で昨年の11月23日に行われた。私の心が萎えていたので久し振りに外出をした。滅多に会えない方にもお会い出来て、意義ある一日であった。

講演と座談会、ショートフイルム上映、詩劇上演、ソウル芸術団の創作歌舞劇と盛り沢山の内容であった。

創作歌舞劇は、もう一度、尹東柱を読み直そうと思わせる感動的なものであった。

☆尹東柱の詩に夢中になっていた時期があった。「序詞」に自分でメロディーをつけて歌い、思いが溢れ涙を零した事もあった。


〇居間から見えた夜明け前

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水仙、今年は花が少ない
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白薔薇
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黄薔薇
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ガーデンシクラメン
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回復出来ない私を元気付けようと、日比さんから宝箱が送られてきました、有難うございます。ブログを書けるまでになりました。
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by pcflily | 2018-01-17 18:27 | アリランエッセー | Comments(4)