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挑発を続けているのは戦争が好きなアメリカと日本だ

一月号原稿

挑発しているのは誰か?    (ぱっ) (ちょん) (ふぁ)    神奈川


世界で唯一の被爆国          

日本は賛同しなかった「ICAN」(核兵器廃絶国際キャンペーン・ICAN)

今年のノーベル賞は「ICAN」

     

日本の敗戦による

米・ソの南北分断

米国は七〇年後も居座っている


核大国米国傘下の日・韓と

核大国ロシアと中国に包囲された

小国朝鮮は東アジアで       (南韓国と言わぬので北朝鮮と言わず)

核のない唯一の国だった


休戦協定を

「平和協定に変えよう」

朝鮮は核開発しないと

提言を続けた―――


核超大国米国の大統領ブッシュは

朝鮮への核先制攻撃を

全世界に宣言


海に浮かぶ軍事基地 

原子力空母「ロナルド・レーガン」

艦艇四〇艘等々


朝鮮半島の東西海域で

米韓軍事演習強行           (二〇一七年十月十六日より)

北朝鮮を標的に


春秋恒例の米韓軍事演習

挑発を長年続けてきたのは

米・韓・日である


過去忘れ真実の認識できぬ輩 認知症病み暗闇を行く


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◎花の少ない時期、純白の薄い花びらが優しい
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◎杜鵑草、優しい花色でも長く咲き続ける

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◎八つ手。葉がどんどん増えてこんな花を毎年見せる。
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◎韓国の古宮博物館の売店で、絵柄が朝鮮の民族的雰囲気なので求めたが、水漏れする、不良品と不満を言っていたが、息子に見て貰ったら、私の手力が足りなかったせいだと分かった。始めに締めて貰っても開ける事が出来ないので、私には使えない物となった。
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◎1999年アボジの葬儀の為に訪韓した。朝鮮籍の為に自由往来が出来なかったので、私は、特別に、母方・オモニの親族巡りをした。その時に贈られた。お人形さんや衝立や民族色の強い人形や右前の現代風のもの。これが、展示されていた。びっくりすると共に嬉しかった。我が家に、今もそのまま飾られている物達だったから。

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◎孫は車が大好きだった。我が家のロフトには車のおもちゃ沢山置いてある。この青い車は形が変わっているので、映してきた。沢山の車映しきて孫に見せたが、あまり喜ばなかった。「レゴ」に夢中になっていたが、現在はラグビーが全てになっている。昨年も今年も優勝したと言う。そのクラブのキャプテンを、昨年も今年もわが孫なのだと言う。ところが、息子に言わせると信じられない程、下手なんだそうだ。熱心に練習をするのに、上達しないらしい。下手であるのにキャプテンとは?統率力や人格によるものらしい。孫の入会している指導者が決めると言う。キャプテンとして取材され、抱負等を語っている新聞も見せてくれた。運動を全くしなかった。そして苦手な私の遺伝子のせいかなと申し訳なく思ってしまった。
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◎部屋から見る朝日、何故かいつみても感動する。これを見る為に、寝坊が出来ない。下の写真も同じく右端に朝日。
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◎徒歩3分の場所から見える富士山、この時せっかく見に行ったのによく見えなかった。雲が多すぎた。

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by pcflily | 2017-11-29 20:41 | 『新日本歌人』 | Comments(4)  

朝鮮学校

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土地奪い言葉を奪い名を奪う「併合」ありて「在日」のいる   神奈川歌壇

●日本国と日本人の多くはこんな単純な事を知らない?知らない振りをしている?

☆☆12月号が届いた。選者には絶対の権力がある。この作品の、私の一番の思いは、主題に示したように、1連目だ。だが選者はこれをバッサリと落とした。そのうえ「選のあとに」で「三行目が良くない」と言っている。
私は、この一言が言いたくて、この作品をかいたのにである。ちなみに、彼は短歌の作者であり、この「行分け作品」の作者ではない。2017年11月27日 記す


十二月号原稿       9月に詠む

行政の差別と司法の擁護    (ぱっ)  (ちょん)  (ふぁ)      


東京朝鮮高校無償化裁判に

東京高裁の却下

行政の差別を司法が擁護

子供達の権利と未来を奪う

   

弱者への差別と苛めを

指南する国の子供達に

苛めは無くならない


米国に追従する

安倍首相の私利私欲の

友達政権を支える人々


アジアへの蔑視政策は

戦争責任を認めず謝罪せず

明治への回帰を続ける


日本の植民地政策の落とし子

朝鮮人として生まれた子供達

現実と向き合う日々


考えない人々の多い社会の中で

課せられた責任を認識し

自分を守る為に逃げることなく


朝鮮高校無償化除外への

裁判にしっかり向き合い

自らの意志で行動する

 

世界は社会の闇を見ない

資本の論理や権力者のエゴイズム

メデイアは真実に背を向けたまま

権力に加担する


☆朝鮮学校の無償化の差別、裁判所が却下した


☆歌集『身世打鈴』別冊より


      四月八日

 「奥さんですか?突然ですが、ご主人が亡くなられました―――」
 「どちらにおかけですか?電話番号を間違われたのじゃないでしょうか?」
  二年間別居していた夫と、子供の親として離婚だけは止めようという話し合いがまとまって、一週間の後であった。
  長男の夫には、母と弟妹との別居は考えられないことだった。二人の子供に、民族教育を受けさせたいという一念の私は、家出して上京し、就職して、母子三人の生活を支えていた。
  長い話し合いの末に二人の方針がきまり、喜んだ夫は会社の花見の席で、守り通していた禁酒を解いて花見酒を飲んだという。
その夜、急性心不全であっけなく逝ってしまった。
享年三十九歳だった。春爛漫、桜の花も満開の一九七三年四月八日、花祭りの日である。お寺の桜も満開であった。
 六年生になったばかりの息子は、大声でわめきながら頭をかきむしり、畳に頭を打ち付けていた。
あの日以来、二度と父の死について語ることもなく涙を見せたこともない。三歳下の娘は、そばで泣きじゃくっていた。      

 
☆1971年の1月真冬に朝鮮学校で学ばせようと上京したことを思い出した。私の為に、実家で建てて下さった新築の家を半年も住まないで、夫にも内緒の家出だった。朝鮮学校のある東京の町田市の住所と片道切符だけの上京であった。知人は一人もいなかった。子を生した親として子供に言葉も歴史も教えられない事が辛かった。私は日本の学校で、身の付いた事は、どんなに努力をしても、希望は叶えられない事、朝鮮人への差別だけだった。

私の子供には、絶対に私のような経験をさせられないと決心したからであった。子供に朝鮮語と歴史を学ばせようとしての上京であったが、私自身が朝鮮語も朝鮮の歴史も学ぶチャンスを与えられることになった。まだ学ぶことはあまりにも多いが、死ぬことばかり考えていた過去はきれいに消えて、毎日を穏やかに今日生きていることを感謝しながら暮らせるようになった。

あれから、40年以上過ぎてもこの日本は変わらない、変わるどころか最悪の状態になっている。それでも、学生たちは前向きに闘いを続けていることを知り感動している。




by pcflily | 2017-11-10 09:23 | 『新日本歌人』 | Comments(6)  

親密な米国と日本

☆明治期に米国の手を借りて、朝鮮の植民地、アジアへの侵略を進めた日本が、現在、夢よ再びと米国の忠犬になって欲望を満たそうとしている。トランプ大統領が韓国より日本に多く滞在すると、この国のマスコミは挙って、安倍首相の喜びを共にして燥いでいるようだ。昔から、遠くの親戚より近くの他人と言われているのに、この日本は、遠い他人にしがみ付いて隣国を餌にしてきた明治期の方法を目標とし,蠢いている。

☆アジア侵略の日本軍の性奴隷になって、苦しめられた女性に対してのまともな謝罪も賠償しない中で、ハルモニが、また、亡くなってしまった。今年だけで、6人目である。申し出た239人の女性の中で、生きていらっしゃる方は34人になってしまった。日本政府は彼女たちの死を待って、死亡の知らせを聞いて祝杯でもあげているのだろうか?世界記録遺産の登録も、保留になってしまった。これは、日本と韓国だけの問題ではでない、韓国、中国、日本、台湾、フィリピン、インドネシア、オランダ、東ティモールの8か国の市民団体が、2700点以上の資料を申請したと言う。日本は、ユネスコへの負担金を分担金を払わずに反対を続けた。圧力をかけて反対していた。良心のかけらもない。他人の不幸を踏み台にして利益を得るのがこの国のかたちなのか?と聞いてみたい。安倍の言い続けている「美しい日本」は天皇を中心にした嘗ての「国体」なのだ。国民は全て神の天皇の為に捧げる、心も、命もだ。その為に、戦争の出来る国へとまっしぐらに進んでいる。東南アジアを支配しようと餌を撒いているようだ。すでに世界最強の軍備力を持っていると言う。この自民党を支持しているのは、若者が多いのだと言う。何をか言わんや。

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十一月号原稿     8月に詠む   

   

親密な米国と日本 

              

日清戦争・日露戦争

真珠湾奇襲攻撃まで

仕掛けたのは日本だ


1905年の

桂・タフト協定で

米国と手を組んだ日本

朝鮮を植民地にした


    1945年8月

敗戦国日本への

厳罰が米国の立場だった


援助していた

反共の蒋介石が敗れたことに

危機感を抱いた米国


アジアの共産化を防ぐ為に

サンフランシスコ条約で

日本の罪業を問わなかった米国


戦争責任を問わず

日本を冷戦体制の砦にーー

昭和天皇は沖縄を

米国の基地に差し出した


1935年の国際連盟と

1963年の国際連合で

韓国併合を不法無効と判定した

   

アジア侵略を奨励した

吉田松陰を尊敬する安倍晋三

侵略の謝罪・反省なく

明治への回帰を模索する



by pcflily | 2017-11-03 20:52 | 『新日本歌人』 | Comments(2)  

本家より贈られた100年以上前の古書等を、どうしたら良いのか?

1980年、朝鮮籍でも、一度だけ訪韓出来る「母国訪問墓参団」に参加した。その時に、伯父さんは、私に大切な本だから、必ず返しなさいとの言葉を添えて、下の写真の木版刷りの古書を貸して下さった。中の文章は全て漢文であった。漢文は勉強していなかったが、漢字なので丹念に文字を追って読み込み、先祖の書いたものであり、アボジの誇る新羅の始祖からの歴史とわがやの家計について書いてあることを理解できた。朝鮮5千年の中で」名を成した三大音楽家の一人である朝鮮時代に活躍した音楽家のこと等が書いてある事を知ることが出来た。

その後、1999年に韓国に帰国して亡くなった私のアボジの葬儀の為に、二度目の訪韓をすることが出来たた。
漸く訪ねることが出来たのに、すでにアボジのたった一人の兄である伯父さんは亡くなっていて会う事は出来なかった。本家のこの伯父さんの長男である私にとってのお兄さんに借りていたこの古書をお返しすると差し出したら、持ち帰ってもっと勉強しなさいと仰って、再び私はこの古書を貸して頂くことになった。
私は朝鮮籍の為に、自由に韓国に行けなかった時代だった。母方、即ちオモニの血縁の方たちの家を巡り、観光もさせて頂くことになった。その時、一緒に行った妹が荷物になるから、自分が真っすぐ日本に帰るので、この本は、持って行ってあげると言うので、素直に任せた。ところが、この妹は、日本に帰ってから、いくら催促をしても、私にこの本を戻してくれなかった。理解できない事をされたのであった。

2014年にオモニが亡くなり葬儀の時に姉妹が集まった。この席での、姉妹全員の説得で、漸くこの大切な古書は私の手元に戻った。15年間も、妹が自分のものと離さなかったのだった。オモニの納骨の為に訪韓した時に、本家のお兄さんに遅くなりましたがお返ししますと渡そうとしたら、この本は貞花に贈るよと仰った。その上、納骨の為の祭祀が終わった朴一族の納骨堂の前で、姉妹に向かって、「この古書は貞花に自分が贈った、貞花の本にした」と宣言して下さった。
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2017年、5月に本家のお兄さんは90歳で亡くなってしまい、6月に訪韓した時には会う事は叶わなかった。この時に、私は考えた。あんなにも大切だと言っておられたのに、何故?、私に下さったのだろうと思うようになった。朝鮮は男性中心の社会である。そのうえ、私は日本に住んでいる、本当に価値あるものなら、このまま、私が持っていても良いのだろうか?あんなにお元気であったお兄さんが急に亡くなられた事で心配になった。、私も今年は79歳になる。

6月にオモニのお骨をアボジのお墓に埋葬をし、私のお墓を作った。
ソウルの古宮博物館に行って聞いてみた。調べて頂けるのかと。その古書を見せてもらえれば、専門家に見て頂けるとの返事を頂いた。
そこで、9月の訪韓の時に持って行った。古宮博物館では、国立中央図書館の古書専門家にお願いして判定して頂けるように手筈を整えて下さった。

早速「国立中央図書館」を訪ねた。木版刷りのこの古書が、韓国内で現存しているのは「国立中央図書館」を含めて6か所だけであり、各大学で保管されていると言う。そして、3冊の全巻が揃っているのは、4か所だけであった。私の所有している本は全3冊の完全本であるという事が分かった。
古書専門家のお話では、この本を所持していた家なら、相当の由緒ある名家であった筈だともおっしゃった。筆で書かれた手書きの「族譜」が沢山あった話をすると、国の貴重な遺産であるから国の方で保管したいとのことであった。お兄さんの妻であった伯母さんは90歳に近い方である。息子はすでに先に亡くなっていて、この家での一人暮らしをしていらっしゃる。甥に頼んで、古書を大切に保存しておいて下さるように頼んだが、寒さに弱いので冬には訪韓出来ないので、来年の春まで待つしかないが、私の年齢と体調を考えると心配になる。わが蜜陽朴姓の家系は、男児が少ない。
誰がこれらの古書を守り続けてくれるのだろうか?関心を持つのは、現在の所、私だけであるようなので、気になって仕方がない。
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木版刷りの本は100年以上も前の本であることが分かった。この手描きの「族譜」はそれ以上前のものになると思われる。
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古宮博物館では、このようにして展示されていた。

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現代の「族譜」だ。百科事典のように分厚く重い本になっている。毎年、このように新しく発刊されていると言う。甥は重いから止めた方が良いと言ったが、新しいものが毎年出版されると言うので一冊だけを持ち帰った。

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国立中央図書館の前で、広く大きかった

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手前の本は「国立中央図書館」で下さった「族譜」について研究したものを纏めた本で、2017年6月23日に出版された大判の100ページもの立派な本に仕上がっている。私にプレゼントして下さった。ぜひ本家の古書を見せて欲しいと仰った。。左側の本はチョゲ寺でいただいた本。この寺に行く途中で見知らぬ人に声をかけられ、一緒に行き、昼食までご馳走になった。右上の本は、チョゲ寺を出て、帰る途中にあった家の塀が、昔風であったので寄ってみたら、朝鮮王朝の「高宗」の育った家であった。中をひと通り見て帰ろうとしたら、出口近くで「詩画展」」が催されていた。それを見ていた時に話しかけられた映画監督の黄明伝さんから、そこで売られていた「詩画集」をプレゼントされた。2017年9月16日発行の125ページの新刊。それぞれの詩にそれぞれ別の人が絵を描いている。三冊も頂いた本を、どこまで読みこなせるか心もとない。
6時にホテルに甥が迎えに来て夕食をご馳走してくれる事になっていたので、5時に、ここを出る心算と映画監督の黄明伝さんといろいろ話し合った時に話してあった。5時ですよと黄明伝さんに声をかけられ、外に出たら、5分も経たないうちに、おばさんと、甥に声をかけられた。驚いてしまう事ばかりであった。、徒歩30分も先の私の宿所のホテルで会う約束をしていたのに、あの広いソウルの人が沢山いる場所で、甥とばったり会ったことに驚いた。この様なことを、度々経験するので、殆どが良い事であるので、私は、アボジとオモニが、或いは神様が守って下さると信じてしまうのだ。
だって、私自身は何の取り柄もない人間だもの。見栄えのするような美人でもないし80歳近い老女なのに、何故、多くのの人達に、こんなに嬉しい事柄をしていただけるのか、不思議でならない。全てはアボジとオモニと神の思し召しだと思えば納得出来るのだ。
そういえば、2014年にオモニの納骨の為に訪韓した時には、ソウルの景福宮の前で前田憲二さんにばったり会った。「東学党」の映画を撮影しているところを取材されていたのだった。彼に最後に会ったのは1999年だ。私の歌集「身世打鈴」を読んだと仰って、会いたいと映画監督の前田憲二さんに呼ばれた。未知の辛さんと李さんの希望であったと仰った。その時に、ご一緒にお食事をした時以来、日本では一度も会ったことがなかったのでびっくりしたのであった。

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チョゲ寺に行くときに声を掛けられ、昼食をご馳走して下さった方、お名前を聞くことも忘れて、話に花を咲かせて時間の過ぎるのを忘れてしまい、慌てて時間だとさよならをしてしまった。私の紫のリュックを持っていらっしゃる。すぐに甘えてしまう私でした。
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        お寺の花達です、全部蓮なのか、水に咲くにも種類が沢山あることを知った。
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by pcflily | 2017-11-01 21:27 | アリランエッセー | Comments(2)