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朝鮮民族舞踊家 崔承喜

  • 朝鮮民族舞踊家 崔承喜 
           十月号 二〇一三年  
    (ぱっ) (ちょん) (ふぁ
    )


     
       

石井漠の新舞踊

初めて観た十六歳の崔承喜

一夜で決心、門下生となる

大正天皇の霊柩列車に

背を向けた崔承喜

「日本の天皇さんは拝めない」

崔承喜の舞いは

朝鮮の風土が生んだ

郷愁を伴う悲しい翳をもつ

神秘的な民族のリリシズム

嵐の中の初めての発表会

三階まで隙間なしの観客

川端康成は日本一の新進舞踊家だ

村山知義は大きな驚喜だ――

舞いの創作と情熱――

バレー・能・舞楽をも

朝鮮の民族舞踊に取り入れ

世界に羽撃いた

反日デモの中の米国公演    (一九三八年)

創作朝鮮舞踊に

民族的制約を越えた

画家の芸術の範例だ――

コリアンダンサー

朝鮮の生んだ天使的舞姫の

パリ公演と歓迎され      (一九三九年)

ピカソ・マチスも――

朝鮮民族色抹殺の中

欧州・中南米を巡演

世界的な舞踊家

偉大な人物と

世界中が讃頌した

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☆崔承喜についての本が出版された事を新聞で知り、直ぐに書店に注文をして取り寄せたのは1981年、上京して10年目だ。
私のオモニより2歳年長の1913年生まれの人だ。朝鮮の女が自分の意志を通して生き抜いた人である事に改めて驚かされる。以来私の憧れの人になっている。
◎写真の右は高嶋雄三郎+むくげ舎編著『崔承喜』、左は崔承喜を舞う金梅子さんの公演のパンフレット 於岩波ホール 2000年8月19日ー10月6日


by pcflily | 2014-11-22 20:57 | アリランエッセー | Comments(2)  

一人も殺さなかった渡部良三

★一人も殺さなかった渡部良三   
             九月号 二〇一三年  朴貞花

    ―― 歌集『小さな抵抗』――      

      

十五年戦争は          

アジアの民に銃を向け

略奪・強姦・虐殺・焼き討ち――― 

      

捕虜一人を

新兵十人が突き刺し

地に額をつけ

子の命の助けを乞う母を刺す

血にまみれ深傷の老婆を

幾度も打ち敲き

井戸に投げ入れる

刺突銃は捕虜刺殺専用

天皇の給う道と

捕虜を殺す練習―――

教官は胸張り

気合鋭く刺し殺しニヤニヤ笑う

刺し殺す数など案ずるな

まっしぐらに突け~~~

「捕虜殺すは天皇の命令」と言う

教官の命令に逆らい続け

一人も殺さなかった渡部良三

天皇の賜える罰と

二等兵・渡辺良三に与えられた

水責め・匍匐・捧げ銃

対抗ビンタ・ゲートルリンチ

厠で詠み、衣服に縫い付けた歌

日本軍の実態を伝えむと

歌集『小さな抵抗』

あの時代には逆らえなかったと

幾千万の兵士達

幾星霜 口を閉ざし続ける

☆歌集『小さな抵抗』を読んで衝撃を受けた。何時もそうなのだが、これを書こうと考えるのではなくその時に出会ったことで私の琴線に触れると作品にしようと思い込んでしまい、他の事は何も考えられなくなるのが常である。けれども、投稿した作品は選者に8首のうち5首を捨てられてしまった。(現在は引退した選者)
こんなに大事なことを短歌に詠んでいることを、どうしても知って欲しいとの思い、短歌でこのような事を表現している人もいるのに、甘い抒情的な歌だけを大切にするのかと、もう一度書き直して投稿した。偶然に同じ選者になったが、この度は6首を取って下さった。


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◎今朝の居間から見た朝日
















by pcflily | 2014-11-21 20:14 | アリランエッセー | Comments(2)  

1073回目の「水曜デモ」に参加して

★一〇七三回目の「水曜デモ」に参加して
      八月号 二〇一三年  
(ぱっ) (ちょん) (ふぁ)  

三つ編みをバッサリ切られた

お河童の少女

平和の像の視線の先には

日本大使館

ハルモニ達を囲み

国籍を問わず老若男女

二十二年間・一〇七三回目

生き証人が此処にいる

公式謝罪と法的賠償を

ハルモニの生存中に―――

処女(ちょーにょ)供出を強要        処女(ちょーにょ)朝鮮語・未婚の娘)

荷物のように連れ回し

一〇〇人以上の兵が列を成し

少女は日に四〇人の――

軍人は麻薬を打ち

刀を振り回し殴打し

連日の性暴力の果てに

戦場に置き去りにした―――

ハルモニの「水曜デモ」に

参加する為の訪韓を続ける

「憲法九条―世界へ未来へ連絡会」

人権を守る戦争のない世界を――

歴史を学び韓国語を学び

隣人として痛みを分け合う

日本国政府は今日も

強制性はない

商行為だ

証拠がないと

反省も謝罪もしない

☆誘われて「九条連」の人達と韓国の「水曜デモ」に参加する為に訪韓した。ハルモニ達の為に在日女性や日本人女性が、韓国に暮らしながら、ハルモニ達のお世話をしていることを知った。
生存しているハルモニが少なくなってしまったことに改めて胸を痛めた。日本の政府は未だに、ハルモニ達への罪を贖おうとしない。生きている人間が辛い証言をしているのに、耳を貸さずにいる。
実際にあったことをなかったことにしようとしている。人間の言葉を信じないで人間の為の政治が出来ると思っているのだろうか?

母国語を独習して、何とか意思疎通が出来るようになったことで、沢山の喜びの機会が与えられた。この度の訪韓でも何度か良い機会があった。その一つはハルモニ達の生活を追いながら、世界の女性の話を取材している女性監督が、声をかけて下さり話を聞いて下さった。
後日、私に会うために来日し、再度、話を聞いて下さった。日本人のグループに、たった一人の朝鮮人として参加していることに興味を持ったと言う。

忘れられない良い思い出になったことは、安重根義士記念館を訪ねた時に、一緒に歩いていた安ハルモニと日本に奪われた文化財の話をしていて、「私が生きている人の中で、一番尊敬している人は「略奪文化財」をもとに返す運動をしているヘムンさんである」と言うのを聞いて、ヘムンさんに電話をかけて下さり直接お話をさせて下さった。本当に嬉しかった。

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◎「忍冬」別名「金銀花」の花は6,7月ごろ咲くはずなのに、この11月に咲いている。この地球上の人間社会の異常さが、気候にも異常が現れてきているが、我が家の「忍冬」もどうにかなってしまったようだ。 カロナイナジャスミンも春に咲く花なのに黄色い花を咲かせてる。


by pcflily | 2014-11-14 14:00 | アリランエッセー | Comments(2)  

朝鮮人BC級戦犯の悲しみ

  • 朝鮮人BC級戦犯の悲しみ  七月号 二〇一三年  朴貞花      

(捕虜の死亡率―日本軍二七%・ナチス四%弱)

死の鉄道の泰麺鉄道工事

捕虜六万人アジア人労働者二十万人

過酷な労働と虐待は

「枕木一本に死者一名」

強制動員の朝鮮人三千数百人

絞首刑の趙文相さん

「借り物でない自分の思想を持つこと」

長い遺書の最後の言葉だ

死刑で逝った金栄柱さん・朴栄祖さん等々―――

十年以上服役し釈放された

李鶴来さんに与えたものは

「軍服三枚と交通費千数百円」だけだった

祖国が独立した後も

「日本人として」

戦犯の有罪判決を受け

刑死し服役した朝鮮人軍属達―――

釈放と同時に「日本人でない」

「朝鮮人である」と

外国人登録をさせ指紋を取った

軍人恩給は支給せず

未帰還手当も支給せず

「朝鮮人」であると

一切の補償・援護の対象外とした

謝罪と補償を求め

半世紀以上訴えている

元戦犯者とその遺族の声は

未だに無視され放置されたままだ―――

満州の支配者・岸信介

A級戦犯の罪を問われないまま

「米国CIA」と連なり

日本国首相になった


☆岸信介の孫であると言う安倍晋三首相、戦争の出来る国へと蠢いている。尊敬しているのは吉田松陰という。征韓論者だ。
吉田松陰の連続ドラマも始まるらしい、この国はどこへ向かおうとしているのだろうか?

◎3番花が咲きました。

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◎萎れてしまって見切り品として1000円になっていたものを、来年の為に買って来たのに、水をやったら息を吹き返し見事な花を見せてくれた。その上、2番花を咲かせて見せてくれた。それだけでも、有難いのに3番花が咲き始めた。蕾も膨らみまだ咲き続ける。嬉しいなあ。最初にこの花を咲かせた人がよほど上手に手入れをしたのだろう。本当に有難うございます。

◎明け方太陽の昇る寸前にカメラに収めたら、何故か?胡蝶蘭に暁の色が付いた。不思議なことがあるものだと、カメラに詳しくない私をびっくりさせた。

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by pcflily | 2014-11-09 19:03 | アリランエッセー | Comments(3)  

ラグビークリニック 晩秋号

東京朝鮮高校から帝京大学へ
息子の李淳馹が孫の金清梧の事も載っていると雑誌『ラグビークリニック』を渡してくれた。
 [王者の血を隅々まで]帝京大学の『学生コーチ』のシステムに学ぶの取材記事だ。
7人の学生コーチとの対談が載っていた。

大学選手権5連覇中の帝京大学。高い能力を持った選手たちが揃っているから勝ち続けているのではない。試合以外の時間が充実しているから、長い間先頭を走り続けられるのだ。充実した組織の中で、王者の血をクラブの隅々にまで行き渡らせているのが『学生コーチ』システムだ。

 金清梧 1年生の時に持病が分かって、ラグビーをプレーできない状況になった。監督がラグビーだけじゃないという話をしてくれて、命を取るかラグビーをとるかだったら、それは命だ、と。役職をしっかりやり続ければ、自分の成長にもつながるとも言って頂きました。それで、1年生の頃から、プレーはせずに専任で学生コーチをやっています。その過程で沢山の事を学んでいます。

 取材をした編集長田村一博さんの言葉
◎帝京大学の学生コーチと話す。みんな落ち着いている。特に金清梧くんは別格。入部当初から現職に就き、3年生にして3年間のコーチ経験。人を導くためには、人より先を歩いて引っ張るとき、うしろに回って背中を押してあげるときのバランスが大切だが、言葉の端々から深く理解していることが伝わってきた。
監督やコーチ、いわゆる大人の指導者以外にそんな存在が何人もいて、彼らは練習の中にも、寮の部屋にも、或いは部員の心の中にまで深く入り込めたりするのだから、影響力ははかりしれない。王者が勝ち続ける理由は、試合のピッチ以外にも本当にたくさんある。逆に勝てないチームは、試合以外にもその理由がたくさんありそう。

☆孫がラグビーを始めたのは、東京朝鮮高校に入学した時からである。私はあんなに危険なスポーツはないと思い、怪我をしては大変と反対していた。息子の淳馹は一番紳士的なスポーツだと言うが私にとっては喧嘩をしている様に思えた。
 孫の清梧は、群馬県から3年間無欠席で登校し、ラグビーも続けていた。
都選抜選手にもなる等大活躍であった。大学もラグビーの帝京大学に入った。ところが検査でラグビーをしてはいけないという診断が出た。らぐびーを続けていれば、生死にかかわると言われたと言う。どんなにか失望しただろうと、心配をしていた。それでも、ラグビーに関わっていることは聞いていたが、今回初めてその内容を知って、帝京の岩出監督にお礼を言いたいと思った。スポーツに関わったことがない私だが、スポーツで日夜練習に励んでいる人達の人間関係には、こんなに素晴らしい関係が結ばれているのであると羨ましいと思った。これは、スポーツに限らず、一つの事を成し遂げるためのグループは見習うべきであると思ったことである。いつの間にか、孫が立派に成長していたのだと知り、感慨無量である。
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◎雑誌、ラグビークリニック 別冊 晩秋号より、
右から三番目が孫の金清梧、我が家での愛称は、オーちゃん三兄弟の末子。




by pcflily | 2014-11-08 23:44 | アリランエッセー | Comments(2)  

悲憤のアリラン

悲憤のアリラン    五月号 二〇一三年     朴 貞 花

 

明成皇太后は反日だと

虐殺した公使の三浦梧楼      (閔妃虐殺)

学習院の院長となった

伊藤博文は憲兵と軍司令官を伴い 

大臣達を監禁

銃を突きつけ恫喝し

「日韓協約」を押し付けた

「背山臨水」の王都・漢陽

二百余の雅びな殿閣

朝鮮王朝の宮殿は

民衆の求心点だった

    

宮殿は次々と破壊され――

残された「景福宮勤政殿」を

覆い隠す巨大な新庁舎   (述べ坪・九千六百四坪)

朝鮮総督府

総督府新庁舎の完成祝典の

一九二六年十月一日

劇場「団成館」で封切られた

羅雲奎の「アリラン」

騎馬巡査が出動の中

押しかけた民衆で館内は超満員

植民地下の

朝鮮人の抵抗を描く

観客席のすすり泣きは

画面の歌に唱和し

大合唱になった

アリラン アリラン アラリヨ――

日本の真珠湾攻撃による戦争

戦勝国アメリカは

宮城を破壊することもなく――

天皇家は守られる

☆日本の敗戦後、アメリカは天皇の戦争責任を追及することなく、日本を占領しやすい方法として、うまく利用した。これは天皇の努力が功を奏したことを最近知った。
朝鮮に李承晩を軍用機で連れてきて、民衆の反対を(4・3事件等)を押し切り、大韓民国を成立させた。日本の植民地時代の「親日派」を利用して、韓国をアメリカの反共政策の基地とした。心ある人の反対を押し切り、韓日条約を結ばせた。強制連行や慰安婦問題などを解決しない儘であった為に、現在にそのしこりは残されている。
朝鮮は分断され、現在も米軍は居座っている。私は、韓国も日本も実質的にはアメリカの占領地であることには変わりないと思っている。
アメリカが、日本国を守らせる為に米軍を置いたり、自衛隊を造らせたわけではない。アメリカ自身の為であることを、誰もが認識すべきであると思う。


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○横浜へ引っ越しをした時に、白やピンクを含め色々な無窮花を持って来たが、この家に根付いたものは、八重と一重の紫色のものだけだった。挿し木をして咲いたものはこの宗旦、今年はたくさんの花を見せてくれた。白はまだ花を見せてくれてない。




by pcflily | 2014-11-05 11:13 | アリランエッセー | Comments(2)  

多胡碑を訪ねて

  • 多胡碑を訪ねて   四月号   二〇一三年  (ぱっ) (ちょん) (ふぁ) 

     

 

「多胡碑」は

日本三古碑の一つ

紀元七一一年の建立

多胡碑の記念館には

日本や中国の古碑の        

拓本が展示されていた 

      

       

南北朝鮮の拓本は一つもない    

何故かと聞く私に――

館員は説明する

「朝鮮には漢字がないんです」


朝鮮書道史年表には

紀元八五年建立の古碑

「秥蟬県神祠碑」に始まる

古碑が次々と並び記されている

百済の()()博士が日本に伝えた

漢字と論語二〇巻と記す

古事記・日本書紀

新羅の「吏読(りどう)(ひゃん)(ちゃる)」に学び

万葉仮名と呼ばれる

平仮名が生まれた

奈良・東大寺所蔵

八世紀・最古級の「新羅写経」は

片仮名が新羅語の影響で

出来た可能性を指摘する

歴史認識――

あの日から十年

朝鮮の古碑の「拓本」は

未だに展示されてないのだろうか?

☆多胡碑は日本三大古碑の一つである。その記念館の案内人が朝鮮には漢字がないと言ったのだ。開いた口が塞がらないとはこのような時に使う言葉であろう。朝鮮と日本は地理的にどの国よりも近い、当然、古代から一番長い期間接触があった筈である。それを、日本人は認めたくない人が多い。何でも中国からと言う。文化は人間と共に伝わるものだ。中国から、朝鮮に渡りそこで培われて、人間と共に日本に文化も渡ってきたのである。

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○横145㎝縦70㎝の上の絵は刺繍で出来ている。白頭山の密林を表している。詩も共に刺繍されている。
実家が取り壊されることになり、両親の遺品の整理に行って来た。何年も空き家になっており、電気も水道も止まったままなので、ホテルに泊まって、実家に行き来した。一度では整理が出来ずに二度も行って来た。
小さな我が家には納まりきれないことは承知の上で色々なものを我が家に持ち込んだ。ブルトーザーで壊すと言う甥の言葉に驚いて、勿体ないと運び込んだ。私以外は大きい家に住んでいるのに要らないと言う。妹達がこれは貞花オンニにピッタリと言った。狭い私の居間に置いたが、毎日、朝夕に眺める度に、持って来て良かったと満足している品物の一つである。



by pcflily | 2014-11-01 16:14 | アリランエッセー | Comments(2)