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返還されない文化財

 返還されない「文化財」    2013年1月号 『新日本歌人』  行わけ作品 投稿歌


★返還されない「文化財」  一月号  二〇一三年     朴 貞 花
―先祖の墓には決して手を付けない、朝鮮の伝統的慣習を無視して墓は破壊され続けた―

総督府の主導のもとに
「内地」では許可されない
陵墓の発掘を
「韓国併合」前から始めていた

百済王陵の大古墳
高句麗壁画古墳・楽浪遺跡
伽耶古墳・高麗王陵 
発掘、濫掘、盗掘、搬出された

資力と知力と名声に恵まれた
小倉武之助の
植民地侵略に乗った
電気事業の大成功

韓国の返還要求を拒否した      (日韓条約成立の時)
東京国立博物館の
「小倉コレクション」は
古代から朝鮮王朝まで

「死の商人」と呼ばれた
武器商の大倉喜八郎
景福宮東宮の「資善堂」を
自邸に移築した

蒐集品の私設美術館         (大倉集古館)
庭園には
十数点の朝鮮の石塔と
高麗王朝の多層石塔二基   

イタリアは
持ち出したすべてを原状回復し
植民地主義の清算をしたという

連合国総司令部の
返還命令を無視した
略奪朝鮮文化財の六万余点
未だに故郷に還れない (高麗青磁・副葬品・石像・石橙・石塔・石仏・石碑・書画・骨董品)

☆「日本」という国は不思議な国だ。自分の悪事には完全に口を閉じている。あってもないと言い、返還には応じない。どんな方法で手に入れたのかは言わずに自分のものとしている。上野の国立中央博物館にも朝鮮から略奪してきたものを、文化財として沢山所持しているのだ。単純な私には理解できないことばかりだ。
写真のものは、韓国の博物館のもの、あまり上手に撮れてないが私が写した。禁止されてない様で、皆が写していたので私もカメラを向けた。

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オモニの納骨の為に韓国に行って来た。祭祀を済ませて妹たちは帰ったが、2日間延期して滞在した。
国立中央歴史博物館に行き一人でゆっくりと鑑賞するはずだった。
タクシーで現地についたら、月曜日で休館日だった。そのまま帰る気持ちにはならず庭園の石塔などを見ていたら、土砂降りの雨になってしまった。
池の傍に真新しい東屋があったので、そこで休ませてもらうことにした。先客がいて、やはり休館日とは知らずに来たと言う、現地に住むご婦人が二人休んでいた。今回ほど、母国語を独習して良かったと思ったことはない。止まない雨に感謝するほど話が弾み、楽しいひと時を過ごした。
彼女たちと一緒に地下鉄で、ホテルに帰り、翌日、地下鉄で出かけたのは良いが反対方向に乗ってしまい、終点まで行ってしまったので、時間が足りなくて、ゆっくりと博物館の鑑賞が出来なかった。情けない話だ。
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by pcflily | 2014-07-30 20:12 | 『新日本歌人』 | Comments(3)  

同人誌の選者

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オモニを送る日、画面では見えないが、お花の好きなオモニの為に、すべてを生花にして娘7人の名前をそれぞれにつけた。他にも沢山の花が送られてきて飾られた。

同人誌の選者の権限とは―――。
 
エアコン嫌いの私でさえ、スイッチを入れようかと思うほど、室内温度が30度を越す日が続いている。何も手につかない状態だ。夕方、水をまきに出たら、鉢植えのカスミソウが枯れ果てていてびっくり。ずいぶん長いこと咲き続けていてくれたのに、残念。家の中に置いてある胡蝶蘭は、元の花が咲いているのに、新しい花芽が出来て花を咲かせてくれている。最初の花が咲き終わってから、茎を切ったら、2番花が咲くと言うのは聞いていたが、未だ沢山咲いているのに2番花が咲き始めている。初めての経験だ。これもこの猛暑のせいなのだろうか?花は心を込めると決して裏切らない。昨日の午後には、ハングル教室の帰路に買い物をしたので暗くなってしまい夕方の水を撒かなかったのに、今朝もまかなかったので、カスミソウは枯れてしまったのであろう。あの細い茎だもの、水分をためる力がなかったのに、ごめんなさい。
私は、「新日本歌人」に会費を払い会員になっている。同人誌は会費を払い自分の作品を掲載してもらうシステムだと思う。その作品は、選者に取捨者選択の権限がある。添削する権限もある。
そのことは、承知しているが、この2か月にわたっての私の作品への、新しく選者になった女性選者の対応には失望してしまった。5割以上を切り捨て、文字数が多いと言う事であろう、半分以上を切り捨てておきながら、私にとっては納得のいかない同じ文言を2度も入れている。作者の心を読み取っているのであろうか?不信感を持った。
私の大切なオモニへの思いをまとめた作品なので、猶の事、穏やかではいられない。何度か批判されてきたが、こんな形で私を追放しようとしようとしているのかもしれない。自分の作品が未熟であるのだから、抗議も出来ないし、何故、そのようにしたのかを聞くシステムもない。
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by pcflily | 2014-07-26 21:24 | アリランエッセー | Comments(2)  

お菜よりもお花

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  生気を取り戻した胡蝶蘭、うれしくて有難い。f0253572_14272081.jpg
    お菜よりも胡蝶蘭
 早起きの出来た朝は、居間から朝日の昇る様子を見ることが出来る、西向きの寝室からは夕日の沈む姿も望める。3分程歩けば冬の晴れた日には富士山がくっきりときれいに見える。バス通りから3分程入っているので車の排気ガスも直接受ける事もないので、終の棲家として、この家に住むことになった時から、とても気に入っている。けれども、買い物は30分程歩いて行くか大型スーパーは30分程バスに乗って行かなけれならない。外出嫌いの私には、お菜を買いに出るのが、何よりもの苦痛だ。配達してくれる会に入っても上手に使いまわしが出来ないので半分は廃棄することになるので止めてしまった。
そんな日々の中で、久しぶりに、バスに乗って大型スーパーに買い物に出た。何時も、まず立ち寄るのが、見るだけで楽しくなる花屋さん。
私の家の胡蝶蘭は、紫色だ。白色の胡蝶蘭は一昨年のあの暑さの中で手入れ間違いで全滅してしまった。
白が一鉢あったなら良いのにと思いながら、見ていたがあまりに高価なので買える筈もない。そこで、割引価格のついているものを覗いてみた。元の値段は8250円のものに1000円となっていた。純白ではないが、芯のところだけが薄紫で花の名前は白いチェリーという名前がついているものだ。贈答用に出来ているので白い大きな陶器の鉢に、5本の苗が植え込まれている。5本のうちで花が生きているのは、かろうじて1本だけで残りは全て萎れていた。一度は諦めて離れたが、来年の花を見れば良いと、直ぐに戻り買ってしまった。
大きくて、持ち帰るには重すぎる。レジの人には抱いて持ち帰って下さいと言われた。バス停留所まで、私の力では、抱いては行けない重さだ。ショッピングカートの底に水苔等の底上げできるものを買い込み鉢を載せた。ピッタリ納まり、意気揚々として帰ってきた。萎れている鉢植えを買って来たのかと、バスの中ではじろじろ見ている人もいた。
オモニの急死で、家にあった胡蝶蘭の事を忘れ、慌てて福島に出掛けて留守にしている間に、萎れてしまった花に水を与えたら、花が生気を取り戻したことを思い出し、水をたっぷりとやった。どうぞ元気になって下さいとお願いをしたー。
願いは叶うものなのだ。何れも生気を取り戻し、綺麗な姿を見せてくれた。
その日の夕食は、買い置きの保存食のスパゲテーで、ナポリタンになった。息子は何も言わず、黙々とフオークを動かしていた。毎度のオモニの病気と諦めているのだろう。
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by pcflily | 2014-07-18 08:06 | アリランエッセー | Comments(3)  

オモニの遺骨を韓国の納骨堂に安置

オモニの遺骨を納骨堂に
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納骨堂が設置されていた.
時代の波には逆らえないと思った。あんなに、アボジは子子孫孫の繁栄を願って、こんなに理想的な良い場所を選んで我が家の墓地と定めたのに、悲しんでいることであろう。
私も将来は、祖国の土となり、この墓地で永遠の眠りにつきたいと心から、念願していたのだが、今回、それは儚い夢と消えてしまった。
遠くに見える空と、裾野で田畑を耕す子孫の姿を、アボジはここから見ている心算だったのであろうが、それは叶わなかった。田畑を耕すことを嫌い、皆、都会に出て行ってしまったのだ。養子縁組をした子や孫の為にアボジが建てた家も空き家になっていた。田畑は他の人に貸しているという事であった。
星が降るように間近に見え、緑が一杯の桃源郷のような村であるが、現代の若者は都会生活を楽しむ方が良いと思うのだろう。
村の入り口にあった守り神のような大木は無くなっており、真新しい東屋が立っていて、90歳に近いハルモニが三人休んでいた。朴宗根と金英喜の二番娘ですと自己紹介をして、両親の話を聞こうとしたが、時間がないと止められ、又、来ますとハルモニ達と別れの抱擁をして車の人になった。
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アボジの眠っている墓地から見える遠景、素晴らしい。
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by pcflily | 2014-07-14 18:43 | アリランエッセー | Comments(4)  

オモニの遺骨を韓国の墓地に届ける

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アボジがが儒教思想のもとに、子子孫孫の繁栄を願って、求めた墓地。
遠くには空と森林、裾野には田畑が広がっている。両側は林になっており、斜面は100メートルほど続き、何代の後まで使えるはずであったが、禁止されてしまい、アボジの願いは、国の政策により、覆されてしまった。

右側にアボジの遺体が眠っている。深さは2メートル以上掘り下げられている。今日は、オモニにがアボジに挨拶に来たことを報告していることになる。
左側にオモニは入る筈であったが、国の法律が変わって(土地がなくなるから?)土葬が出来ないので、この墓地の土地は使えなくなるという事であった。
挨拶が終わってから、密陽朴家一族の納骨堂に行くことになった。

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上の写真は納骨堂。この納骨堂は、土葬が出来なくなるので造られた。蜜陽朴家の一族の納骨堂だ。
この近辺に住む一族の人々の為の納骨堂である。10年間新しく入る人はいなかったという。族譜を見ても、古来から長生きをする家系らしい。
聞いてみる間がなかったが、大理石か?黒曜石か?建物も骨壺も真っ黒でツルツルに磨かれてあった。
中に安置されてあった骨壺には何れも新羅の国の始祖朴赫居世から数えて何代目である事と個人の名前が刻字されていた。
私のアボジは60世であると言う。(朝鮮では 代 でなく、世 と言う)
本家のお兄さんは、自分たちは61世である。覚えておきなさいと、何度も話してくれた。87歳のこの本家のお兄さんは年齢にはそぐわない程、元気で、かくしゃくとしており、先祖の事を誇らしげに色々とお話をした。
アボジは、何時も、このように考えていたのであろうと思った。アボジの思いを、願いを、本家のお兄さんは私達に伝えてくれているようであった。
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by pcflily | 2014-07-14 18:25 | アリランエッセー | Comments(2)