無窮花を剪定しました

駐韓日本大使館前の水曜デモに、参加するために訪韓した。9月19日より2泊3日の工程だが、私は、その後に5日間を一人で韓国で過ごした。文在寅大統領になってから、「景福宮」に夜間でも自由に入れるようになったので夜の景福宮へ。シャッターを押してとお願いした人は日本に留学した家族連れだったらしく、日本から来られたのですねと。
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ふと空を見上げると月がぽっかりと浮かんでいた。夜間の「景福宮」に喜び、連れの人との会話に花を咲かせていたので、誰も雲間の月には気が付かなかったようだ。                      
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月を入れて欲しいと頼んだが、無理ですと私に記念だからこれでいでしょうと映してくれた。
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無窮花、紫玉。終の棲家と決めたこの家に越した時に植えた。無窮花・紫玉。13年経て大木になったが、今年は剪定した。二階のベランダより高くなり、花が風で飛び、隣家にも及ぶ。塀もないので50センチほど入り花を片付けけていたら、「我が家の土地だから、入るな」と二度も言われた。
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西向きのこの場所で、夏の暑さを和らげてくれていた無窮花。蔓薔薇の黄色のゴールドハニーが無窮花に負けじと絡まりながら伸び続けていた。今は薔薇の木がこの場所を陣取っている。この薔薇が無窮花に絡まっているので、尚、作業に手間取った。
薔薇の花までなくすことは出来なかったから―――。
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か弱い老女?がこの大木と格闘した10月でした。下の写真の幹は、どうしても最後まで頑張れずに、息子に手助けを頼んだ。息子の曰く「他人の手を借りるまでの趣味は止めた方が良い」と。
友人との会話を思い出す。男が欲しいね、花を育てる時に、力仕事を喜んで手伝ってくれる人を。私にはもう一つ、頼みたい事はがある。
それはパソコンの事を細かく教えてくれる人だーーーー。
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この夏まで我が家の前を覆っていた無窮花とカロライナジャスミン、オーシャンブルーもきれいになくなってしまった。否、なくしてしまった。老いることをそれほど悲しんでいるわけではないが、好きな花を次々と処分しなくてはならないのが、辛い日々だ。
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居室のベランダに、私を慰める小鳥が来てくれた。何枚も写真を撮っているのに何時までもいてくれた。有難う。
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by pcflily | 2017-10-22 11:27 | アリランエッセー | Comments(2)  

Commented by Takeshi Nimura at 2017-11-05 05:35 x
暫く投稿がありませんでしたのでソウルにお出かけかなと思っておりました。突然、たくさんの写真と作品です。祖国に対するCFさまの熱情が溢れ出していますね。嘆息も愚痴には聞こえず、乙女の美しいつぶやきのようです。文芸に対する創作意欲が乏しい私は右往左往です。コメントをさせていただくにも心の準備が足りません。少し時間を掛けてコメントいたします。PCFさまお帰りなさい。
Commented by pcflily at 2017-11-06 14:54
有り難うございます。韓国からは26日に帰りました。老女であることを自覚するべきだと、初日と最終の日は、無事に飛行機に乗る為に一日を使います。
今回の私の自由時間は、有意義に予定した事を実行しました。おまけの良い経験も出来ました。
けれども、長い年月、願っていた私の生地を訪ねましたが、何一つ痕跡を見つけることが出来ませんでした。私のアボジが養子になった家であり、私はそこで生まれていたのです。いくら探しても、家も人も探せませんでした。戸籍に載っていた土地の番地はあまりにも広かったのです。
そして、皆、分割されてしまっていました。探しあてた高齢の人は私より若く、何も知らないのです。甥に私の生地に行った事の次第を報告すると「その土地は全部、アボジの養父のものだった筈だ。私のアボジが日本に連れて行かれた為に、後継者がいなくなり、没落してしまったのだろう」と話してくれました。
日本の朝鮮侵略は、こんな口惜しみと怒りを私に与えました。

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