「新日本歌人投稿歌」2016年9月、10月、11月号、

いつの間にか、11月も終わろうとしている。走り続けていて月日の経つのにも気が付かないでいたようだ。中学生の頃に短命であることを予言されたことから、たった今を生きること、今日を生きることに、熱中し、明日を考えることを放棄していたような気がする。今年は78歳。こんなに長く生きることが出来るのなら、一つでも目標を立てて、成し遂げたかったと思うこの頃である。78歳にになってから、このようなことを言っても詮無いことである。
それにしても、今年は「まさか、まさかが人を殺す」という朝鮮の諺の通りのことが続いて起きた。
まず、最初にまさかと思ったのは、選挙で安倍政権が再び実権を握った時だった。私的なことでは、二度も訪韓したこと、敗血症で入院したこと、そして一緒に勉強していた関東大震災時朝鮮人虐殺の神奈川追悼会の実行委員からの苛めである。貸してあった大切な本を返してと言っても、いまだにメールもなく本も返してくれてない。また、驚いたことは、事業に成功し、独身生活を謳歌し、自分一人のシャンソンのコンサートまで催していた八歳も年少の妹が認知症を病み、生活が破綻していたことである。私が突然、思い立って訪ねていかなかったなら、最後の資金まで誰やらに盗られていたかもしれない状態であった。
そして、アメリカではトランプ大統領が誕生し、韓国の朴槿恵大統領の破廉恥な実情が報道された。

11月26日の抗議集会にはソウルに150万名、韓国各地で40万名の人々が立ち上がった。
パソコンで見ることの出来た実況中継を、深夜まで私は見ていた。見ることを止められなかった。
初雪が降ると、願いが叶えられると韓国では言われている。初雪が降り、雨が降り霙になる中で、幼児や子供を連れた家族連れも多く参加していた。歌があり踊りがあり、誰でも意見の言える自主意見という時間も設けられていた。中学生まで自由に意見を述べていた。カナダ在住の韓国人もここに駆けつけてきて意見を述べていた、世界各国で同時に立ち上がって示威行動をしている様子も大型画面で見せていた。
与えられた民主化ではなく闘い取った民主化の韓国人の姿をそこに見ることが出来た。
それにしても朴正煕の娘らしい卑怯な方法で漸く今日になって彼女は辞任を発表した。どこまでも自分の悪事を認めない本当にあくどい人間であると思った。

☆9月号は「新日本歌人」の創立70周年記念号という事で、一般の投稿者は3首までの投稿と規制された。特別に依頼された人がいろんな形で投稿している。これは現在の会員に対して失礼なことであると思ったが、いかがガなものであろうか?

九月号原稿

「美しい日本」   朴 貞 花 神奈川県

「明治」の朝鮮強奪は
一八七二年の「盗測」からーーー
独立国朝鮮に二十八の監獄作り
朝鮮人を拷問虐殺した

「韓国を全然廃滅に帰し
帝国の一部となす」    『伊藤博文伝』
軍事力駆使した
「三光作戦」の成果の併合

天皇は「遺憾だ」と宣うた
「心残りだ、残念だ」の意なり
「美しい日本」という

☆10月号として投稿の作品は、いつも私の作品に対して批判的な選者だが、全部載せてくれた。嬉しい。11月号と12月号までこの選者が担当するがどのような選をして下さるのであろうか?気になる。

12月号に作品評を書く方が、この作品を取り上げて下さった。

戒厳令布き軍隊と警官は朝鮮人暴動とう流言蜚語流しき
国奪い命を奪う国策は朝鮮人を暴虐・虐殺する

熊本地震直後の「朝鮮人が井戸に毒を入れた」とのネットの書き込みの歌から、様々な証言が続き、最後にこれで締めている。稀に見る構成で、関東大地震の時の朝鮮人襲撃・虐殺の歴史が記される。
NHKのETⅤの特集の「関東大震災・殺傷の極秘報告」で、官製デマ情報流布が殺傷の主要要因になった事実が明らかにされた。そして官憲は、大杉栄・伊藤野枝虐殺、亀戸署での共産主義者虐殺にまで利用した。自民改憲草案の「緊急事態」条項は、災害時にこれを狙う可能性がある。

十月号原稿
関東大震災時朝鮮人虐殺の証言         朴 貞 花   神奈川県

熊本地震発生九分後から
「朝鮮人が井戸に毒を入れた」と
差別デマがネット上で大量に流された
関東大震災時の悪夢が蘇る

「日本刀を持って追いかけてみると
鮮人でねえんだ
然しかう言ふ時でもなけりゃあ      
人間は殺せねえから到頭やっちゃったよ」 『震災見舞い(立ち話)』志賀直哉

「昨夜は人殺しで徹夜までさせられちゃった
三百二十人も殺した
外国人が来るので
今日急いで焼くのだよ」       『平沢君の靴』正岡高一氏の供述

「横手の演武場には血を浴びた
鮮人が三〇〇人位縛されていた
昨夕は鮮人十六名日本人八名殺された
其の夜また数十人が殺された、銃と剣で」 『地獄の亀戸署』立花春一氏の供述

「骨はどうしてくれる?
骨は荒川放水路の四つ木橋の下流で
焼いたから自由に拾って下さい
機関銃が据え付けてあって
朝鮮人が数百人殺された事は
周知のことだから
だれの骨だか判るものか」       『骨』南吉一氏の供述

「狸坂付近で労働者体の奴らが
五,六人で朝鮮人を
井戸に投げ込み上から埋めてしまった
東坂では刀で鮮人の首をはねて
川に投げ込んでいるのも見た
止める人もいなければ
文句を言う人もいない」         小林啓三・作文・神奈川工業高校

戒厳令布き軍隊と警官は朝鮮人暴動とう流言蜚語流しき
国奪い命を奪う国策は朝鮮人を暴虐・虐殺す
 
十一月号原稿

ソウルの路地の一人歩き           朴 貞 花   神奈川県

ソウルの街を歩く
路地を彷徨う
胸に秘めていた想い
在日七十六年

歴史に
もしもはないと言うけれど
強奪の植民地政策がなかったなら――

アボジの逃亡防止の
人質として
渡日の私
生地の朝鮮に
自由に行けなかった幾十年

ソウルの街のコンビニも、
地下鉄も、バスも、
ソウルの住民のように
たった一人の遊歩

荷物を持ってくれたジョルムニ    (若者)
ホテルまで案内したアガッシ     (娘さん)
お粥代を握らせてくれた
露天商のアジョッシ         (おじさん)

「南北統一を願う」催事場で
自宅へおいでと
手を離さなかったアジュモニ     (おばさん)
パトカーで送られて観た      
韓・日国宝半跏思惟像展        (韓国国立中央博物館)

未知なれど母国の人と甘えつつ見知らぬ街のソウルの遊歩
祖国の民と触れ合うたまゆらを独り学びの吾の母国語

☆選のあとに
 
 歴史に
 もしもはないと言うけれど
 強奪の植民地政策がなかったなら―ー

朴貞花さんの人生を支配してきたのはこの一首に尽きると思います。

 アボジの逃亡防止の
 人質として
 渡日の私
 生地の朝鮮に行けなかった幾十年

長年秘めていた祖国への思いは私たちの望郷とは格段の違いは言うまでもなく―ーー

 荷物を持ってくれたジョルムニ
 ホテルまで案内してくれたアガッシ
 お粥代を握らせてくれた
 露天商のアジョッシ

親切にして下さった方々の行為。心に残る思い出になった事でしょう。
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by pcflily | 2016-11-29 18:38 | 『新日本歌人』 | Comments(2)  

Commented by Takeshi Nimura at 2016-12-06 20:23 x
ちょんふぁさんの恨の心が疼くのでしょうね、漂流する魂の安らぐ場所が、この地にないことが最大の問題です。政治は極右に乗っ取られ、歴史修正主義が跋扈しています。世界的潮流などとごまかさず、現に、この国で起きている事態の深刻さに真剣に立ち向かわなければなりません。非力な自分を嘆きながら、在日の人々が自由で豊かな気持ちで暮らせるような日が訪れることを願っています。
Commented by pcflily at 2016-12-14 19:31
コメントをありがとうございます。コメントを下さっていることを知りませんでした。
昨日まで、例の妹のところに行っていました。不幸中の幸いと申しましょうか?入院させることが出来ました。言い聞かせてきたことが胸にあったのでしょうか?医師が入院しましょうと仰ったら、妹はお願いしますと言って入院依頼書に署名し、その日から入院をしました。

新村様のコメントを頂くたびに思います。私は、たった一人の人に朝鮮人の立場を知って頂けたら,頂きたい、そして、その方が次の人に伝えて下さり、その後も次々と伝えて下さり、大きな和の輪が出来て、いつの日にか日本人が真実を知り、和の分かち合いの日がくることを願い、貞花の一人の「端の会」を宣言しました。
端は朝鮮語の「1」のハナに通じ、始め、初め(はなっからそんなことは考えてない・寝入りばな等の日本語があります)に通じ、私という端くれであるけれど、そのように努めていきたいと思った意を込めました。
そうしていつの日か、この輪の和はきれいな花を咲かせてくれることを願いました。新村さんにはこの私の思いが届いているように思います。有難うございます。

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