「核なき世界」の行方

「核なき世界」の行方

原爆投下責任 米に問え

2016年2月9日の朝日新聞の見出しの記事だ。
懐かしい名前に出会った。元広島市長の平岡敬さん。近藤芳美先生の紹介で、広島でお会いして、私の歌集『身世打鈴』を送り、ご返事を頂いた。歌集を送っても、著名な方が返事を下さるのはあまりないので、強く印象に残ったお名前だ。
新聞には3名の考えが載っているが、平岡さんの意見が私を納得させるものであった。その大要は次のとおりである。

被爆50年の広島市長として「核兵器は国際法違反の非人道兵器だ」と訴えたと平岡さん。

日本政府は米国に追随して、「人道主義の精神にに反する兵器」と述べるだけで核兵器の違法性に踏み込まない。日本が米国の「属国」であることが非常にはっきりしてきた。

その根源が日米安保条約と地位協定にあり、米国に逆らえない従属した政治構造。政府は「人間」の側に立っていない。兵器の破壊力を見せつけることにより国益を守ろうとする。それは間違いであり、人間的悲惨があると言うことを、被爆者は訴えてきた。

平和記念公園にある「過ちは繰り返しませぬから」は「米国の過ち」を「人類の過ち」にすり替えている。米国の原爆投下責任を厳しく追及してこなかった。日米友好を妨げるとか言ってごまかしてきた。

ヒロシマは許してはいけない。責任を問い続けなければいけない。米国が「悪い」と認定した相手に対しては、今後も核兵器を使って良いという倫理につながる。
その倫理をヒロシマは認めない。米国は少なくとも、広島・長崎への原爆投下は誤りだったと認めるべきだ。

それは正しかったと言い、自分は核兵器にしがみつき続けながら、北朝鮮に核兵器を止めろと言っても何ら説得力はない。

核兵器の非人道性をめぐる議論から、米国や日本は逃げないでほしい。広島・長崎の死者の声に答えてほしい。原爆投下の責任を問うことなしに、「核なき世界」は生まれない。

私の胸に素直に入ってきた論理だ。米国に追随し米国の核の傘の下で、何を言っても、人の心を世界の心を動かすことは出来ない。
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ブロッコリーを2本植えた。、元気に育ちみずみずしい緑の葉が大きく育って、楽しみにしていたのに、いつの間にかその葉は殆どなくなっていた。虫なのかと思っていたが、ある日、見に行った私に驚いてブロッコリーの傍から逃げていったのは鳩であった。葉があってこそ育つのに何たることか。
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by pcflily | 2016-02-24 17:20 | 貞花の短歌『身世打鈴』 | Comments(4)  

Commented by Takeshi Nimura at 2016-03-01 07:52 x
原爆投下を正当化する米国は世界戦略での核兵器の効用を最もよく熟知し、その武器を恫喝の手段として用いることによって覇権国家としての体面を保っています。かつて社会主義国の核は「正義の核」という言説が左翼の間で流布していました。今はもうこの論理は破綻しています。核によるパワーバランスの上に世界秩序がかろうじて保たれているというのも現実です。イスラエルの核に何の反発や抗議もしない米国を始めとする覇権国家とその同盟国には、核拡散防止条約違反を声高に主張する資格は微塵もありません。韓国、日本の軍隊が仮想敵国としている小国。その国が核を持たざるを得なかった現実を直視するべきでしょう。日本が原爆の原料となるプロトニウムを大量に溜め込んでいる事実の方が驚愕すべきことではないでしょうか。CFさんの随筆(作品)を拝読して、峠三吉の詩歌を読み返さなければと思っております。今日の寒さはまた堪えます。ご自愛下さい。
Commented by pcflily at 2016-03-01 21:32
コメントを有難うございます。
当然だと思うことが、この国では通らないことが多すぎます。広島の元市長さんの言葉が掲載された記事を見て、驚いたのは、私もこの国の、考え方に馴らされてしまったからでしょう。
このような記事を殆ど読むことがなかったからです。勇気のある人なのだと思い嬉しく思いました。
でも、実はこのような記事は掲載しないで来たからでしょう。空気を読むのが上手な人々が、意見を言わないことも一つの原因と思います。
プルトニュウムをため込んでいながら、技術を磨いていながら、核の傘の下にいながら、北朝鮮を攻め続けている図々しさに腹が立ちます。
傍観者ばかりでなく「日本会議」のような協力者がいるからですね。
Commented by Takeshi Nimura at 2016-03-05 07:56 x
戦前・戦中の統治体制への回帰をもくろむ人々が自民党も含め、宗教家、財界、知識人、芸術家を糾合して作ったのが日本会議です。神話の世界を日本の伝統的文化と錯覚し、その継承を目論んでいます。それは国を愛するなどと言う美しいものではありません。「明治維新」で徳川から権力を奪った「薩長土肥」の冷や飯食いどもが利権と権力を駆使して今の政治造につながっています。権力を仕立て上げ、権力に寄り添い「愛国」を語るのは、そこから膨大な利益が生まれるからです。このような輩に対峙し抗うには、彼らのたくらみと真実を多くの人々に根気よく知らしめることだと思います。文芸はまつろはぬ人々の大切な武器であり誠です。是非、CFさまにも、是非、世の中を詠い続けて欲しいと思っております。桜の咲く時期も近くなってまいりました。御自愛下さい。
Commented by pcflily at 2016-03-05 20:40
既得権を握り、おのれの欲望を限りなく満たそうとする者たちに、この世界を牛耳られていることから抜け出る方法があるのでしょうか?
知れば知るほど虚しさが募るばかりです。
せめて、春の近づいたたことを知らせる花々の優しさを愛でることが出来ることは幸せだと思う日々です。
居間では胡蝶蘭が少しずつ、花を見せ始めました。外では菜の花が真っ盛りです。これは、昔の火鉢に植えたものです。。
コメントを有難うございます。

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