東京朝鮮高校・東京都代表に

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二月号原稿

東京朝鮮高校・東京都代表に     朴 貞 花       神奈川県

創部以来四〇年
公式戦出場が認められたのは
二一年後の一九九四年
決勝戦は五度目の挑戦

東京朝鮮高校が
ラグビー東京都代表に――
秩父競技場は喜びに溢れて

朝鮮学校を敵視の日本政府
高校無償化排除まで
減り続けた学校と生徒

マイナーなラグビー部に
先輩と父と母と数多くの日本人と
支え続けた吾子の一五年余

独り居のあの日が蘇る
テレビの中に吾子が居て
東京朝鮮高校ラグビー部の
コーチだと――

何も知らずにいた――
驚きと喜びが私を震わせ
子への信頼を得た

中学から大学まで
日本の学校を選択した息子に
不案感を抱いていた――

東京朝鮮高校ラグビー部の
ノンフィクション、子の著書
『青き闘球部」を紐解きつつ
涙一粒、ほろり――

☆息子がラグビーの話をしても、あまり真剣に聞けなかったが、孫の話となると真剣になる。東京朝鮮高校からラグビーをはじめて帝京大学に入った孫は、今年の春に卒業する。就職も内定したと電話があった。

小学校2年になった孫もラグビーが大好きなので、テレビの試合を一緒に見て楽しむ。
孫は父親の後を追いかけるので、私との時間がどんどん少なくなる。せめて、家でテレビを見る日には一緒にいられる。

昨日は、年間王者を決める準決勝のパナソニックや神戸製鋼、ヤマハ、東芝の試合を、秩父競技場に行ってきた。五郎丸も見たと大はしゃぎであった。ラグビーボールにサインをしてもらったのを見せてくれた。

☆風邪で咳が続き、喉を傷め、とうとう声まで出なくなってしまった。老化現象なのだろう、なかなか治らない。雪国育ちなのに寒さに弱い。小さい時から外に出ることが嫌いだった。運動にも縁がなかった。
散歩が大切と言われるが、1日15分の散歩も出来ないのだから弱っていくのは当然だと思いながら、何もできない。

関東大震災時の子供の作文を読む会も、ずっと欠席だ。せっかく出来た胡蝶蘭の蕾も落ちてしまった。嫌なことは続くのかと思ってしまう。
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by pcflily | 2016-01-17 21:47 | 『新日本歌人』 | Comments(0)  

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