夏目漱石の言葉

「余は支那人や朝鮮人に生まれなくって、まあ善かったと思った。彼等を眼前に置いて勝者の意気込を以て事に当るわが同胞は、真に運命の寵児と言わねばならぬ」
夏目漱石『満洲日日新聞』1909年11月。

漱石が紀行文「満韓ところどころ」でロシア人や中国人に対して用いている差別的表現は、すでにしばしば槍玉にあげられてきたが、冒頭に引いたような物言いに至って、この当代きっての知識人さえもがこうした無邪気な愛国者として振る舞っていたのか、といううそ寒い感慨が改めて迫ってくる。
2013年1月30日 朝日新聞 文芸時評 作家・詩人 松浦寿輝より

黒川創「暗殺者たち」 辺見庸「青い花」 いとうせいこう「想像ラジオ」を紹介している。
夏目漱石は、現在有名な姜尚中NHKに幾度も出演の姜尚中氏が好んで紹介している。
日本人の朝鮮人をはじめとしてのアジアの人々に対する蔑視感は、果てしもなく、深く刻み込まれている。自分よりも弱いものに対する差別感は、人間の本質であろうか?

嘗て、歌集を上梓した時に、近藤芳美先生に何人もの著名人に送るように言われて送ったのだが、その返信に、その人の心映えが表れていた。
総連関係の「朝鮮新報」という新聞や月刊雑誌に取材を受けて登場する人がいた。朝鮮人に対する理解があると言われる人々、随筆家、美術家、未来「未来」の歌人などであった。
けれども、無名の私に対するものは思い出すさえ嫌なものであった。直接、私に向かって話しかけて必ず手紙を出しますねと言った人もいた。一緒に仲良く映した写真を送ったけれども、17年を過ぎた今になっても音沙汰なしである。
私が著名人を信頼しない由縁である。
そんな中で、大正大学の学長であった林亮勝先生は、最後まで対等に接して下さった忘れられない人である。
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○駐車場から見えた富士山

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○兎年のオモニの為に兎年にオモニに針を持ったことのない私の手造りの兎の雛人形。
ホームに持って行きオモニに喜んで頂いたのに、誰かが捨ててしまったらしく行方不明。
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by pcflily | 2015-12-24 22:57 | アリランエッセー | Comments(2)  

Commented by Takeshi Nimura at 2015-12-30 11:24 x
この国の差別と迫害の歴史に言葉もありません。西洋人には腰が低く卑屈なほどなのにアジア人、特に朝鮮、中国の人々には居丈高の態度にでます。嘆かわしい、浅ましい「民族」です。人格や見識に民族による差別などあるはずがありません。新しい時代に生きる若い人々の真の知性に期待したいと思っています。良いお年をお迎えください。
Commented by pcflily at 2015-12-30 22:55
有難うございます。
過ちを認めて、ヨーロッパばかりでなく世界から信頼を得ているドイツについて学べないのでしょうか?

「実るほど頭が下がる稲穂かな」は日本のことわざだと思うのだけれども、日本の政府には、こんなことも知らない人が多いのかもしれません。

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