朝鮮語抹殺に奔走した朝鮮総督府


一月号原稿    二〇一五年

朝鮮語抹殺に奔走した朝鮮総督府      朴貞花  神奈川県

本家より賜いし「朝鮮本」読み解くに

わが祖・朴天貴の著書二十巻

現存するは三巻とあり

総督府は一九一〇年

憲兵・警察を動員し

書店・旧家を急襲

十万余冊の書籍を焚書

十万余冊を没収した

民族意識を高揚させると

読むな売るな貸すな――

民族意識の抑圧に専念

貴重な本の焚書は続けられた

朝鮮語学会は

朝鮮語の整理統一と

「ハングル綴り字統一法案」を完成し

朝鮮語辞典の編集をしていた

一青年への不審尋門から            

家宅捜索をし逮捕

拷問で事件を捏造

特高の狙いは朝鮮語学会の弾圧だった

朝鮮語学会の二〇年の労作の 
朝鮮語辞典の原稿を没収

飢えと寒さの中の拷問で獄死させ

生き延びた人に死刑を宣告――

民族の魂の言葉を抹殺せんと

奔走した総督府

言語まで奪おうとした国は

世界で日本が唯一だという

☆日本は朝鮮を植民地にする為に、あらゆる悪事を続けたが、植民地にした後にも、現在では、考えられないほどの酷い仕打ちを続けている。
劣等民族と教え込みながら、進んでいた文化を取り上げることに必死であった。朝鮮人の力を恐れていたのである。江戸時代には秀吉が略奪してきた印刷技術や人材で江戸文化は発達したという。
一番近い隣国であり、一番長い歴史的関係がある国なのに、何故、こんなことをしたのかと思うと同時に、21世紀の現代にさえ、首都の東京を含む文化都市で、普通の人ならば聞くに耐えられない罵詈雑言を吐いているのを、国が放置しているのはどうしてなのだろうか?理解できない。この世の中は私にとっては理解できないことが、あまりにも多すぎる。


○初めて韓国となった生地に母国訪問団の一員として訪韓したのは1980年、親戚に一度だけでも会わせておきたいとの父母の願いで、夫のいなかった私と妹を連れて行った。
少しだけだが朝鮮語が理解できた私が、あまりに熱心に色々な事を聞くので、本家の伯父さんが、命の次に大切な本であるが研究しなさいと、貸して下さった。日本では朝鮮本と呼ばれている本だ。アボジが韓国で亡くなった1999年に返さなければと持参したが、あまり研究できなかったと話したら、もう1度持って行って良いと貸して下さることになった。朝鮮籍の私は、度々の訪韓は難しいので、オモニの親戚の家も訪問することになった。秀吉の朝鮮侵略の時に、日本人から帰化した(降倭という)オモニの始祖となる金忠善(沙也加)を奉っている鹿洞書院にも連れて行って下さり、八万大蔵経を保管している伽耶山、石窟庵、安東などの観光もさせて下さった。
その時に、この貴重な本は、すでに韓国籍になっていた妹の一人が、荷物になるからと、先に持って帰ってあげると言ってくれた。
親戚が観光地にも連れて行って下さり楽しい時間を過ごして、遅れて日本に帰った。本家から借りた本を先に持ち帰ってくれた妹に、本を渡して貰おうとしたら駄目だと言って渡してくれなかった。信じられない嘘みたいな本当の話だ。15年間、私の手元に渡されることはない儘であった。
2014年4月にオモニが亡くなり、遺骨を持って韓国に行く時に返さなければならないと言って、漸く、持って行くことを承知させた。事前に事情を伝えてあったからであろうか、本家の伯父さんは、すでに亡くなっており、本家を取り仕切る長男のお兄さんは「貞花が管理しなさい、貞花に上げる」と姉妹全員の前で、お兄さんは宣言して下さり、私が管理することになった。漸く、ゆっくりと、読むことが出来るようになった。

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○こんなに貴重な本を、どうして私が預かることになったのだろうかと思う。息子に話すと信じるか信じないかは自由だが自分は迷信とか、霊感などは信じないと言うが、私は信じる方だ。何故なら、小さいころから不思議な体験をたくさんしているからだ。
今回も、韓国から取り寄せた戸籍謄本を見ると、私だけが、朝鮮の돌림자の「夏」という字がついて「貞夏」となっている。七人姉妹の中で私だけについていた。長女は「化」という字がついて「順化」となっている。
本家の同じ世代のお兄さんは二人なのだが、長男は「正夏」次男は「文夏」である。次男は私のアボジの養子になった人だ。七人もいるのに私だけが、いつも朝鮮に拘り続けた。誰にも強制されたわけでもないのに、一人だけ、他の姉妹と違う考え方をしていた。この戸籍簿を見た時に、ここにあったのかと考えてしまった。この「貞夏」と戸籍簿に載せられていたからなのではないかと思ってしまったのだ。
돌림자は항렬자(行列字)のこと、一族の中で同世代の名前に同じ文字を使う。兄弟や従兄弟の間では必ず同じ文字が使われ、年齢にかかわらず、上下関係が分かり、年下でも伯父さんになることもある。但し、男性だけにつけられた。五行思想に基づいて決められる。朝鮮の長い歴史のなかで、名誉のある偉人が出た時にその人からの派が創立される。数が多い場合は、長年その一族から偉人が出なかった証になる(日本の場合は数が多い程良いようだが)
アボジの場合は、朝鮮王朝の世宗大王時代から始まっており十六世(代)であった。現在は、戸籍法も変わり、この様な事は知る人も少なくなり、決して許されることのなかった同姓で結婚することも出来るようになった。在日の場合、両親も亡くなり、自分の出自さえ分からなくなっていることも多いという。

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○外国人登録を初めてした時の書類の写しである。朴貞花(ぼく・てい・くわ)の振り仮名がある。子供の頃は、チョンヒ・スンジャ・りか等色々あった。家族が貞花(ていくわ)と呼ぶことはなかった。
朝鮮の戸籍簿にはずっと「貞夏」と届けられていたわけだが、最近の大統領の選挙権が欲しくて、韓国籍に変更した時に、日本の役所に届けられていて、使い続けてきた「貞花」に改名した。改名はあっけない程の簡単な手続きで済んだ。
この時代には、日本語の漢字の発音にも古代の百済から伝えられた発音が残っていたのだろうと思える。「花」と言う字の振り仮名が単純な「か」ではなく、「くわ」となっている。ハングルでの正確な発音は「하 」ではなく「화」である。
何故、「貞花と」なったのかと考えてみた。姉の「順化」を見てその頃の村役場の人が「順化」では女の子の名前にしてはふさわしくない、可哀そうだと思ったのかもしれない。そうして、「順化」を「順花」にして、次女の私の「貞夏」を「貞花」としたのだろうと思う。姉の順花は、その後、日本的な順子を使う事が多かった。妹の「玉山」も「玉子」と名乗っていた。私は、一度も、貞子とはならなかった。融通が利かなかったのかもしれない。村役場の職員が、こんなことをしてくれたのは善意であったと思う。その頃には、オモニの作る密造酒を飲み、親しくなってたのかもしれない。日本で暮らすためには、この方が良いと思ってくれたのだと思いたい。




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by pcflily | 2015-02-07 23:26 | アリランエッセー | Comments(2)  

Commented by Takeshi Nimura at 2015-02-09 19:48 x
朝鮮侵略の歴史は軍隊や政府ばかりではなく、普通の日本人が貧しい人々の生活を奪ったのですね。私の知り合いの老婆が「息子が朝鮮に別荘を建ててやる、と言ったのに戦死してしまった」と60年近く前に話してくれたことを思い出します。小学校に入ったばかりの私にはその意味するところを知りませんでした。いいえ、成人しても単なる侵略・植民地化という言葉の理解だけでした。ところがCFさんの作品を詠むことでその深い意味を五感で知ることが出来ました。文芸は多様な表現で見えないものを伝え、「言葉」を味わい深いものにしてくれます。
貴重な古文書をお持ちなのですね。末代まで語り継がなければならない宝と推察いたします。苦難の歴史とそれを語り継ぐ者たちの涙や汗が染みこんでいるのでしょうね。祖先を誇ることが出来るCFさまが羨ましいです。
Commented by pcflily at 2015-02-10 20:28
有難うございます。
あまりにも、貴重な本なのに私が預かっても良いのかと思いましたが、15年間も手元になくて見ることが出来なかったので、もう少し見たいと、とりあえず預かってきました。傍にいた一人の妹が、皆の前で発表して下さいと言ったので、改めてお兄さんは「この本は貞花にあげる」と仰って下さいました。誰も異議を唱える人はいませんでした。

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