高校無償化排除の朝鮮学校

  • 高校無償化排除の朝鮮学校  六月号 (六月集)二〇一二年  
     
     

仰げば白梅

あしもとに黄水仙

チューリップも蕾を見せて春

朝鮮学校の春は遠い

高校無償化決定から三年

朝鮮学校は排除されたままだ

排除は誰の意志と喜びなのか?

自分の名前と言葉を学び

自分の歴史を学ぶ

自分たちの手で作り六五年

   今年も朝鮮高校の卒業生は

父母も祖父母も日本生まれ

 国籍は朝鮮・韓国・日本と多彩

学業に運動・美術・吹奏楽・舞踊

 簿記・英語・電卓能力などの検定
   みな青春の汗を流した

群馬から遠距離通学の 
   孫と
足の不自由な友と二人

 三年間ともに無欠席

孫は高校からラグビーを始めた
   都選抜選手となり帝京大への
    入学の道を開いた

朝鮮学校の差別を

国が公言する

両手に余る負担を抱え―

親子代々守り続ける

民族の教育と自負心

東京朝鮮高校一年の孫、農楽の演奏でケンガリを任された。ラグビーを始めて卒業する頃には体重100キロだ。中学生の時には保育士になりたいと言っていた優しい子であった。
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☆身勝手な朝鮮侵略をした秀吉の権力を握った時代は10年余だ。朝鮮と日本は隣国として、古代も近世も江戸時代も友好関係が続いた。江戸時代は260年だ。12回の朝鮮通信使を最高のもてなしをして迎えている。人々は朝鮮からの知識吸収に奔走している。
明治になってから植えつけた朝鮮蔑視政策が現在に及んでいる。朝鮮学校への冷遇はその中でも最たるものだ。日本の政府がこのような差別政策をしていては、日本の子供達に頻繁に起きている「いじめ問題」が解決することはないと思う。未来を担う子供たちに、一番近い隣国と仲良くすることを伝えようとしないのは、何故なのか?まったく理解できない

上京してからの私の心情を書いたエッセーの中から、終わりの纏めの一部分を書き写しました。こんな気持ちで生きてきました。

本名を名乗り、日本人の中に一人で入って、私なりに、頑張ってきました。

私たちは正しい歴史を知ることにより、理解を深め、真の交流が出来るのではないだろうか?
金田一春彦氏の言葉を抜粋して記してみよう。

 言語学の立場から、朝・日両国関係を見ると、日本語の「は」と「が」にあたる朝鮮語、相手によって「です、ます」部分が変化する敬語、擬態語や文法の順序等「他にはどこにもない位、ソックリ」です。古代の高句麗語、百済語などが明らかになれば、両国の関係の深さはより明確になる。

朝鮮というのは民族名で、『朝鮮民族』と言ってきた。『韓国民族』とは言わない。昔から朝鮮語と言っておりましたし、朝鮮と言って親しみこそすれ、馬鹿にしたり、北だけを指すと言う気持ちは全然ない。朝鮮独自の文化に安堵感を覚える。朝鮮の民族衣装チマ・チョゴリは「世界で最も上品で優雅な民族衣装である」

 日本語に「はなから(物事の始めの意)」という言葉がある。

朝鮮語の一(ハナ)からきている。分断祖国の統一と世界の心が一つになって、お互いを認め合い共生することを願い、私は「端(はな)の会を作った。

ハナは朝鮮語で「一」である。「一人」である。
「ハナ」
から、「一人」から「一人」へ、私からあなたへ、あなたからあの人へ、次々と繋がってゆき、最後に大きな「ハナ」・「一つ」になる。共生の大きな幸せの花になる。

好きな言葉の一つに「賢者は砂上に城を築く」がある。すべての始まりは、夢を持つことから始まる。千里の道も一歩から、こんな小さな「ハナ」だが始めている、続けている。

 歩みはどんなに遅くとも、たとえ、一粒の麦の力でしかないであろうが、隣人の日本人を信じ続ける、人間を信じる事で、朝鮮人の私を隣人として扱ってもらえることを信じて歩いてゆくつもりだ。

『学ぶこと、知ることから和解と真の共生がある』が、何時も言っている私のモットーである。 何時までも、大人になれないと批判を受けているが、普通の大人になりたいとは思わない。


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by pcflily | 2014-09-13 18:26 | アリランエッセー | Comments(7)  

Commented by 新村 猛 at 2014-09-14 22:17 x
差別は日本のあらゆるところに大なり小なり存在します。他民族の差別とは比べようにもありませんが。欧米人にへつらう癖に東洋人には優越を露骨に示そうとします。偏狭なナショナリズムです。CFさんの仰る通り朝鮮学校無償化と拉致問題は何の関係もありません。極右ファシズム(全体主義)がこの国を覆っています。救いようがありません、そのことに大部分の人々は気づいてはいないのです、敗戦前の日本と同じように。少しでも理解ある人々に真実を伝えていきたいと思います、この国の現実の姿を。CFさまの厳しいお言葉に意を新にしています。
Commented by pcflily at 2014-09-15 17:47 x
朝鮮人はいてもいない存在、まるで透明人間の様に見えない存在、いいえ見えているのに見えない振りをしているのでしょうと思っていました。
このブログは気楽に自分の思いを書いてきましたけれども、何故か?この頃、あー、やっぱり私は透明人間なのだとと思っていた頃を思い出しました。
そんな中で、欠かさずにコメントを下さる新村様に感謝しております。有難うございました。
私達に対する差別観は、遺伝子に組み込まれてしまったかのように、日常生活の中で感じております。
Commented by Nimura Takeshi at 2014-09-19 22:29 x
CFさま 私の敬愛する林白言さんは差別を乗り越えて「日本の文化興隆」に貢献されました。日本人よりも日本の文化や芸術を愛し、オホーツ海の斜面に育つ、ギリヤークやオロッコの人々とその文化も、そして人種とか民族を乗り越えた地平を求めました。手段や手法はなんであっても構わない、しかし、人間の生きる中で芸術は普遍だと言っています。CFさまが営々として語る差別や抑圧の歴史は、次の世代に何を伝えようとしているのでしょうか。苦悩や困難を乗り越えて新たな地平に示すべき未来を語ってくれませんか。息子や娘たちは何をすべきか、CFさんの意見に賛同する日本人は何をすべきか。CFさんのブログから学びたいと私は思っています。
Commented by pcflily at 2014-09-20 17:47
新村さま この度のコメントを見て、ブログに書き加えました。読んで頂けたら嬉しいです。この日本に暮らし日本の教育を受けている朝鮮人が、自分の民族を愛せるでしょうか?史実をハッキリと知ってこそ、自分を見失わないで本名を名乗り、明るく生きていけると思います。これは私の経験から言えることです。
どの国の生まれであろうとそれぞれの個性を認め、対等に真の人間として接する教育を日本はしているでしょうか?
たまたま、あまり民族について考えない妹が私の作品を読みたいと言ってくれました。(初めてです)今日、送付したばかりです。
気持ちは変わっていませんので、手紙に書き加えました。
整理しているうちに出てきたのですが、少なくとも、20年以上前のものです。現実生活では、何も変わりません。むしろ日本の社会は悪くなっているのではないでしょうか?もう時間がありません。「行わけ作品」に替えたのは東北大地震がきっかけです。地震国日本に54の原発です。敗戦とも言わないで史実を隠し続けてきた結果だと思いました。
せめて、子や孫たちに、真実を伝えたい、自分を見失わない為に事実を知って欲しいと思っています。
Commented by pcflily at 2014-09-20 18:06
新村さま 未来を語る前に、在日の子供達は自分自身が何故?朝鮮人に生まれたのかと、両親とも向き合えなくなるのです。私は、自殺ばかり考えていました。(勇気がなく実行は出来ませんでしたが)朝鮮学校へ通学もさせない時代になっています。150以上もあった朝鮮学校が、いくつ残っているかご存知ですか?そのうえに、朝鮮学校への差別です。日本政府として民族教育に力を貸すべきであるのに(子供条約)どんなことをしているのでしょうか?こんな私が出来ることなどありませんが、せめて、朝鮮人として誇りを持ち続けて欲しいと思っております。すでに国籍を捨てた甥もおりますし、結婚も朝鮮人とはしない、日本人との結婚を望んで、子供だけでも日本人に出来ればと考える人も増えています。未来を見据える余裕はないと言うのが私の気持ちです。ブログに書き加えたエッセーの一部ですが、私は現在も同じ気持ちでおります。ハングル教室は、その為のものです。
Commented by Takeshi Nimura at 2014-09-21 10:53 x
私は明日も元気でメールを書いている、ということを何人も保証はできません。年齢がかさみ死を間近に感じるのは、20代ではとても考えられないことでした。CFさまのお気持ちを理解するには私はまだ若すぎるのかもしれません。CFさんの前で安易に「共生」などという言葉を使うと心の痛みを理解できない無神経な輩とのそしりを免れないでしょう。それでも異なった文化や慣習・言語をもつ人々が同じ土地で共に明るく楽しく生きていけないものかと考えずにはいられないのです。決して今の政治や社会状況を是認するものではなく、何とかしなければと考える日々です。
Commented by pcflily at 2014-09-21 15:38 x
ブログに追加した文章を読んで頂けるかなあと気になっておりました。移転させたものだからおかしな形になってしまいました。訂正してもなおりません。また、直ぐにパソコンが止まります。
 日本国が私達、特に在日の民族性を抹殺しようとしているのは、植民地時代も現代も変わっていないと思っています。
それは、参政権が欲しいなら帰化をせよ(納税の義務は果たしている)や朝鮮学校への差別、日本の学校の中でもすべきである民族の教育をしないことなどです。
 スコットランドの独立は叶いませんでしたね。現実的な人が多かったのと、現実の生活の変化を望まない人が多かったのでしょう。変わることを望まないと言うのが、殆んどの人々の考えだと思います。日本も私の国も、現在権力を持っている側の思う方向にどんどん進んでいくのでしょう。
 私の姉妹でさえ、私の生き方は理解されません。でも、20年以上前に書いた文章の様に、今も、近所の婦人会や老人会に参加して「貞花・ちょんふぁ」ですと、力んでいます。

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