花は私の友達

たちつぼすみれ
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スズラン
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季節外れの高砂百合
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白いエニシダ
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ベランダまで伸びて咲き盛るカロライナジャスミン
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君子蘭
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空中で咲く薔薇
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ゼラニューム
、ふらんすでは薔薇の代わりにこの花を香水の原料とするという
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チューリップ
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横浜の戦争展で、買い求め7年目にようやく咲いたわがままな薔薇でした
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開いたらこんな素敵な色でした、待っていて良かった。
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この家に越した時に植えた薔薇、13年目の初夏です。
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強いバラでした、13年先咲き続けている。名前はゴールドハニーです。
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漸く、私の胡蝶蘭も花を見せ始めました。
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この時期のこの時期の私のひそかな楽しみ。
薔薇やゼラニュームを沐浴剤にすること、春眠暁を覚えずともいうけれど、普段の不眠症が止むときになる。
オモニが生きていた時には、薔薇を花籠に一杯にして送っていた。

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# by pcflily | 2017-05-01 19:36 | アリランエッセー | Comments(2)  

丁寧に生きる日々

他人は笑うけれども、花との会話が私にとっては一番楽しくて、何時までも飽きずに手入れをしている。最近は,草の勢いが強くて、毎日の朝夕の仕事になっている。
他人から見れば雑草と見えるけれども、、誰にも振り返ってもらえなくとも、一生懸命に、花を咲かせて、その命を全うさせる姿がいとおしい。
誰にも振り返ってもらえないけれども、私も毎日毎日を精一杯に、丁寧に生きるように心掛けている。こんな小さな家で、何をしたのか目には見えないが、一日を忙しく動き回っていて、何かしらをしている自分の姿を、花に見るからなお愛おしい。
今年の冬は、妹の病の為に家を留守にしている方が多かったので、胡蝶蘭の面倒を見られずに寒さで、蕾が落ちて花にならないのを悲しんでいた。そんな私の為に友人の日々イチさんが胡蝶蘭の鉢植えを送って下さった。嬉しくてうれしくて作品に書いたら、絶交だと言われてしまった。彼女が、何故、絶交だと言って、怒ったのか未だにその心を理解できないでいる。
朝鮮人の私と仲良くしていることを他人に知られたくなかったのだろうか?
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〇カロライナジャスミン
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〇花韮
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〇ヴィオラ
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〇ムスカリ
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〇紅梅
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〇金雀枝
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〇送られてきた胡蝶蘭
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〇富士山

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# by pcflily | 2017-04-30 23:35 | アリランエッセー | Comments(2)  

生かされた命だから

五月号原稿

「生かされた命だから」    (ぱっ) (ちょん) (ふぁ)      神奈川


虚弱児だった

未来の希望を持つことはなかった

今日も一日無事だったとの思いだけ


オモニを助けたい一心―――

相手の顔も見ぬうちに

結婚が決められた


オモニの娘だもの

その言葉に従うだけ

わが家族と彼の家族の

生きる道でもあった


二人の子を生したオモニとして

責任を全うしたい

朝鮮学校へ入れようーーー

真冬の家出は汽車賃だけの上京


自動車事故で四ヶ月の入院

後遺症で働けなくなった

病身の母として

子らの荷物にはなるまい


たった一つ、子に与えられるもの

それは「自由」しかない

十五年後の再婚


姉妹の反対の中

認知症のオモニを

ホームより連れ出して

介護した日々―


独身生活を謳歌した妹

認知症とアルコール依存症と知る

老いた身を振り回される日々

パンドラの箱を開けたのは私だから


〇ヴィオラは強い花だ。年末の暮れに植えたものが冬を乗り越え4、5月頃まで咲き続ける。ヴィオラからパンジーが生まれたと言う。花も母親の方が辛抱強いと思う。

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〇今年も蕗の葉を摘んで食べている。日本では茎の方を好んで食卓に乗せる方が多いようだが、朝鮮では、葉の方を好む。焼き肉屋さんでサンチュに肉を包んで食べることは良く知られているが、我が家では、昔から春先に柔らかい蕗の葉をゆでておいしいい味噌だれを作ってご飯を包んで食べる。実家にいるときは肉も食べず朝鮮漬けも殆んど食べなかったのに、上京してからは故郷恋しさなのか朝鮮料理を、好むようになった。
高齢になるに従って、子供の頃に食べていたものが欲しくなり、横浜に越してから庭に植えた蕗を、毎年楽しんでいる。
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# by pcflily | 2017-03-29 14:35 | 『新日本歌人』 | Comments(2)  

朴槿恵大統領に満場一致の罷免

三月号原稿

  

汎民族週末ろうそく集会と共に   (ぱっ) (ちょん) (ふぁ)  神奈川


春の野辺に獲る

浅葱、野蒜、片栗

山の斜面の草原で這い蹲りとる蕨

藪の中の蕨は太かった


夏は川辺の水遊び

木綿の大人のパンツに

紐をつけた水着姿

アルバムに残る


下校後に勇んで出かけた

杉の落葉と枯れ枝拾い

台風の翌朝は栗拾い

重いと泣きながら帰った日も――


一つの玉石を背に

大川から運び上げて

貰った駄賃を握りしめ

駆けつけた駄菓子屋


雪の会津の我が家には

スキーも橇もなかった

オモニと闇米運びの私


思い出の欠片もない

生地の祖国朝鮮を、故郷を

恋し続けて幾十年


この夏に彷徨い続けた

光化門広場、鐘路、西大門、ソウル支庁

生中継をパソコンで凝視する


週末のろうそく集会

朴槿恵を拘束せよ、退陣せよ

世界を変えよう

1分間の消灯、3回の灯の波涛

七十七万人と共に吾も声を挙げる


☆昨年の10月から週末の土曜日は、韓国で行われているろうそく集会を見る為にパソコンとテレビをつないでいた。厳寒のソウルで、いやソウルだけではなく韓国全体で土曜日ごとに出てくる人たちに、驚愕し感動していた。

ようやく、弾劾が裁判官の全員一致で決定した。発表の日も画面から目が離せないで噛り付いていた。最後に、はっきりと「全員一致でーー」と発表された時には、飛び上がり、手をたたき一人で喜びの声を挙げた。


この前の選挙があった時に統一の日まではと、守り続けてきた朝鮮籍を捨て、韓国籍にしてまで参加した選挙の結果に、どれ程、悔しい思いをしたかしれない。何の為に、長年守っていた自分の信条を捨ててまで、選挙に参加したのかと悔やみ、韓国国民への失望を感じたりもした。やはり朴槿恵の当選には、不正があったと言う。


この度のろうそく集会を見て、私は血を流さない革命であると思った。日本軍が、素手の朝鮮人を銃剣で、また焼殺して大量虐殺をしたあの時、決して忘れられないあの日。1919年の3月1日の朝鮮独立宣言に立ち上がった朝鮮全土の朝鮮人の姿を思い出したのは、わたくし一人ではないと思う。


キンテジュン・ロムヒョン大統領が続けていた南北和解を、リミョンバッ大統領が閉じ続けていたが、パックネは、もっと酷いことを続けていた。私の胸は怒りで休まることがなかった。

それにしても往生際の悪い人間である朴槿恵である。卑怯な人間である。まだ、反省していないのだ。


けれども、少し遅きに失してはいるが、「終わり良ければすべて良し」と思う事にしよう。罷免されたのだからーーー。


韓国在住の同胞の皆さま本当にありがとうございました。

朴貞花は、心からのお礼を申し上げます。


〇どんな小さなものでも、全てのものに対して、普通の人は簡単に捨ててしまうものが、捨てられない。自分がその立場になったなら、辛いと思うからだ。命のある限り生かしてあげたいと思ってしまう。

これは、大根の切れ端、二度目に又目を出したものだ。春になったので、伸び続けている。下のものは、ミント、残ったものを小さなお皿に入れて置いたら、新しく目を出し、また伸び続けている。

胡蝶蘭やカトレアばかりでなく私の居間はこんなものが、いつも雑多に置かれている。

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# by pcflily | 2017-03-19 17:14 | 『新日本歌人』 | Comments(2)  

短歌との出会い・韓国訪問

短歌との出会い  2010年  1月号

())白鳥は悲しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ 若山牧水

七人姉妹の次女でありながら姉妹にさえ馴染めなかった位だから学校の中では一人のことが多かった。中学生の時、小学校にピアノが入った事を知り一人で見に行った。

 新任の女の先生が、覗いている私にピアノを弾きながら歌ってくれた歌は教室では習うことのない歌であった。たった一度で覚えたこの歌を私は事あるごとに口遊むようになった。

()() (いく)山河(やまかわ)越えさり行かば寂しさのはてなむ国ぞ今日も旅ゆく


 いざ行かむ行きてまだ見ぬ山を見むこのさびしさに君は耐ふ

るや                     若山牧水


東海の小島(こじま)(いそ)白砂(しらすな)にわれ泣きぬれて蟹とたわむる

            

やわらかに柳あをめる北上(きたかみ)の岸辺目に見ゆ泣けとごとくに

                       石川 啄木

新任の先生だったので私が朝鮮人であることを知らなかった事は幸いであった。若山牧水と石川啄木のメロデイーは違うものである。

初めて見たピアノだった。そこで、一人で習えたことは忘れられない思い出となり、この歌を歌うことは私の唯一のカタルシスとなった。

後に、短歌の世界に迷い込む遠因になったのかとも思う。


☆現在入会している「新日本歌人」の会員になった時に突然のはがきが届いた原稿依頼で書いたものである。主題に合わせたものではなかったが、原稿締め切りに間もなかったので思うままに書き送った。無事に採用されて掲載された。


又、短歌の方も、「月集」に選ばれていたので本当にびっくりした。入会したばかりの頃は原稿の依頼もあったが、その後は、全くお呼びがかからなくなり、最近は、私の作品への批判が続いていた。追放されるのかとも、思ったりしていたが、この1月に、6年振りに「ミニエッセー」の依頼があった。「9条連ニュース」に私の作品が掲載された喜びで一杯なのに、今日は、同胞の月刊雑誌「イオ」から私の短歌も載せたいと電話があった。同胞の短歌の特集をするらしい。

今年は年初から、嬉しいことが続いている。


2010年1月号 1月集

韓国訪問

吾が母国韓国訪うに許可を得ることの難かり「朝鮮籍」ゆえ

朝鮮と国籍欄に記させしは日本国にて無国籍となる

統一は成さるるものと信じいて「朝鮮籍」を守り続けぬ

チョーセンと囃し立てられ下校して泣きじゃくる吾 抱きしめしオモニ

朝鮮は「朝麗しき国」なりとアボジ言えるにわれ泣き止みぬ

祖国の統一成就のわが祈り隣人は笑えど朝鮮籍守る

吾が生れし祖国なれど韓国は自由に訪ねぬることを許さず

幾度も足運ばせし領事館 韓国訪問の許可下すとぞ


☆領事の部屋に呼ばれて質問をされた。反抗する私に、彼は、許可をしないと怒るでしょうねと笑いながら言った。私は「怒りません、なかなか許可も下りないだろうと思っていたけれど、日韓友好の為にと、10年近く、日本人の団体に誘われていました。もう、断り切れなくなって、許可が下りたら行くと返事したので、皆さんに、韓国は民主化したと言っても、こんな私に許可を出さないような国ですよと報告します」と言って帰った。

帰宅したら、許可を出しますと電話が入っていたのである。


〇わが砂庭の花々、いつの間にか梅が散り始めていた。


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# by pcflily | 2017-02-25 23:01 | アリランエッセー | Comments(2)