尹東柱と語るー生誕100周年記念に

三月号原稿

尹東柱の「序詩」と語る――生誕一〇〇周年に  (ぱっ) (ちょん) ふぁ










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「死ぬ日まで空を仰ぎ」     (括弧内は尹東柱の詩)

   悲しみ苦しみを乗り越える

「一点も恥じることなきを」

   父母に誓い、子に誓う


「葉あいにそよぐ風にも」 

わたしはこころ痛んだ」

   降りしきる雪と雨と

   人の言葉にも傷つく


「星をうたう心で」

   道の辺の草と花と語り歌う

君と吾の歌


「生きとし生けるものを愛さなければ」

   私には愛せないものがある

   あなたの命を奪ったものと

   戦争犯罪認めぬ輩を


   この世の最大の罪は殺人

   自死も罪なり

天が授けた命なれば


   未知のわが余命

   終活は遅々として進まない

   己の日記と写真さえ捨てられず


「そしてわたしに与えられた道を

歩みゆかねば。

今宵も星が風にさらされる」


百年を経て変わらない日本の不可思議のあり「朝鮮蔑視」


☆大好きであった尹東柱の詩を作品に織り込んだ。このような作品が認められるのか分からないが、どうしても、この形しか考えられなかった。短歌には、古歌を織り込むことがあるのだけれどーー。

3月号は2月の末に届く。選者はどんな選を下さるだろうか?

☆尹東柱の生誕100周年記念の催事が立教大学で昨年の11月23日に行われた。私の心が萎えていたので久し振りに外出をした。滅多に会えない方にもお会い出来て、意義ある一日であった。

講演と座談会、ショートフイルム上映、詩劇上演、ソウル芸術団の創作歌舞劇と盛り沢山の内容であった。

創作歌舞劇は、もう一度、尹東柱を読み直そうと思わせる感動的なものであった。

☆尹東柱の詩に夢中になっていた時期があった。「序詞」に自分でメロディーをつけて歌い、思いが溢れ涙を零した事もあった。


〇居間から見えた夜明け前

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水仙、今年は花が少ない
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白薔薇
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黄薔薇
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ガーデンシクラメン
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回復出来ない私を元気付けようと、日比さんから宝箱が送られてきました、有難うございます。ブログを書けるまでになりました。
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# by pcflily | 2018-01-17 18:27 | アリランエッセー | Comments(1)  

好きな色

九月号原稿


好きな色         朴 貞 花  

 

好きな色はグリーン

皆に知られていた

頂いた贈り物は

いずれもグリーン


生地も成長の地も

緑一杯の山村

緑に魅入られていたらしい


抵抗の意志の色と知り

ますます好きになった

カーテンも絨毯も洋服も

選ぶときはグリーン


ふと気が付けば

日記帳も洋服もコートも

いつの間にか

ブルーになっていた


ブルー一色の

南北朝鮮の統一旗

南北の選手が一緒に

行進した日の感激――


統一旗の行進を

直に見たくて

思いを抑えられなくて

アジア大会に参加した


シンボルカラーはブルーの

文在寅大統領の誕生

南北和解の兆しが見える


トレードマークの

グリーンの帽子二十年を越す

統一旗の色だ

ブルーの帽子を探そう


☆この作品はずいぶん前に載せたのだが、いつの間にか消えていたので、もう一度作品をのせた。パソコンは時々使えなくなる。

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# by pcflily | 2017-12-24 12:20 | アリランエッセー | Comments(2)  

今だから言えること

歌集『身世打鈴』別冊エッセー集より
「今だから言えること」 
一九七一年一月二八日、4月から就学の娘の手をしっかりと握り、決して戻るまいと片道切符だけを持って、粉雪の舞う寒い日、東京を目指して夜行列車に乗った。その町は東北の片田舎で両親とも朝鮮人の家族は二、三軒しかなかった。家の中では女であること、外に出れば朝鮮人であることで、差別を受け続け、「差別」という言葉を聞くだけで今でも胃痛をおこす。その頃、朝鮮人と言われても朝鮮の言葉も歴史も知らなかった。山の名前一つ、川の名前一つ、自分の本名さえ定かでない悔しさ悲しさ。
 適齢期になり、相手の顔もはっきり知らぬままに、家業を手伝うという人と結婚をした。二人の子の親になり、この子達には名前ばかりの中身のない朝鮮人には決して育てまいと心に決めた。長男を「東北朝鮮初中級学校」に入学させた。
 長女の就学期が近づくにつれ悩みが大きくなった。経済的に二人も寮生活をさせる学校には入れられない。しかし、どんな事があっても、日本人の為の教育しかしない日本学校には入学させる気にはならない。
 同じ屋根の下にいれば一つの卵でも三人でわけて食べることが出来る。朝鮮学校に通学させるためにも、東京に出ようと決心した。
 その頃の私にとっての東京は、今の外国よりも遠い所だった。知人は一人もいないけれど朝鮮学校がある。同胞がたくさん居る、同胞の経営するパチンコ店があるだろう。住み込みで働かせてもらおうと考えがまとまると居ても立っても居られず、お正月気分も落ち着いた一月末、両親の留守を見計らって、暗くなってから家を出た。
 あれから十八年、泣いて笑って、疲労で倒れ、この東京の見知らぬ町で、子どもを置き去りにして死ぬのかと思ったこともあったが、「無事に今日一日が終わった」という日々を重ね、かさねてきた。
 けれども、私のたった一度の人生を生きる中で、たった一つの生きがいであり、夢であり、希望であった二人の子供を、祖国統一を目指す純粋な朝鮮人に育てあげることが出来た。
 あの上京の日の朝「東京って寒いね」と震えていた娘は、朝鮮大学校卒業後、朝鮮学校の教員を勤めて結婚し、子供にも恵まれ、母としても幸せに暮らしている。そして、息子は、この十一月、祖国統一に尽くす仕事をし続けたいと言う女性と結婚した。
 結婚式には、長年の私の願いであった紗帽冠帯、花冠の朝鮮の伝統を守った古典的な衣装、お色直しには、新郎はパジ・チョゴリ、神父はちょっと新式を盛り込んだチマ・チョゴリと、全て民族衣装だった。
 嬉しいことには、もう一つの秘めた私の夢であった「書くこと」を、このカップルは職業としている。
 ペンは剣よりも強し「KORIA IS ONE」と、祖国統一に向かって生きる事を誓い船出した。
 二人は、外国人はお断りと何度も断られ、アパート探しで苦労をしたが、日本人の友人の世話でなんとか住む所も決まった。今はしばし休養の新婚旅行中である。五十年の人生を生きている私の頭とからだの中にあったものは「朝鮮と二人の子供」だけだった。他のものは何も見えなかった。その二人の子供からは卒業したい。
 そして、足を踏み入れたことのない朝鮮民主主義人民共和国を尋ねてみたい。
 平壌、金剛山、白頭山などを巡り、最後に四十五年もの間、私たち朝鮮人を苦しめている、三十八度線―――林秀卿さんが、若く清い命をかけて渡った三八度線を、この目で、しっかりと見て、残りの人生の指針をにしたいと思っている。
                     (1989年11月「朝鮮時報」掲載)

☆実家で私たち家族の為に、檜造りの50坪の家を建てた。この新築の家に入居したのは前年の7月であった。けれども、6か月後にはこの家を捨てて、朝鮮学校があることを知るだけの東京の町田市へ向かったのである。所持金もなかったのに~~~。
なんと世間知らずの無鉄砲な事をしたものかと、冷や汗が出るが、現在も私は、同じことをしているような気がする。
 
〇ケーキを買って誕生日を祝う。幸せいっぱい。
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●この日も誕生を祝った。息子は4月5日、娘は9月10日。
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〇上京したばかりの頃、ビルの屋上、このビルに住んでいるのは私たち親子三人だけなので、屋上は自由に使えた。洗濯物干し場、土を運んで貰い花を育て、後には物置き小屋も設置した。買ったヒヨコが大きくなり、ここで、娘と遊んだりしていたが、ある日いなくなってしまった、近所の銭湯の前にいたのだが名前を付けていたわけではなかったので連れてこれなかった。悲しむ娘の為に小鳥屋さんから一匹の小鳥を購ってやることになった。この小鳥が娘に懐いているのを見て、娘の友達がつがいで買ってもらったが、全く懐かなかった。小鳥同士で仲良くなってしまい、飼い主には懐かなかったようである。我が家では一匹だったので娘に懐くのだと話し合った。
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〇追ってきた夫が、子ども達を遊園地に連れて行った日の記念写真。
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〇ふるさとを捨てて来た身には帰る故郷はなかった。
   ふるさとの藤花こいてその花をかたどりし衣求めきたりぬ
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〇同じ日に生まれた母子の記念撮影。ミニスカートでした。
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〇誘われて海を見に〇海を見に行きました。
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〇誘われて、桃の花を見に行きました。
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〇誘われて紫陽花を見に行きました。雨になってしまいました。
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〇また、日比さんからビールとリンゴなどが送られてきました。
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○余りにも明るい月に誘われ、お前も何時も一人ぽっちだねとビールを飲みました。
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# by pcflily | 2017-12-22 17:42 | 『身世打鈴』エッセー | Comments(2)  

悲しき八十路坂

二月号原稿        (2017年11月詠む)

悲しき八十路坂       神奈川      (ぱっ) (ちょん) 


三十迄生きられたら

儲けものだよ

信じ続けて八十路坂


十代の少女に

酷い予告をしたとは思う

「今」しかない

今を生きる事に努めた


未来を思い描けず

明日に夢を馳せることなく

今だけを見つめ続けた


思い至った事に

躊躇なく行動する

明日はないかもしれない――


自分の力で

生きてきたのではない

誰かが助けてくれたから

今日も生きている


短い命だもの

我欲を捨て一筋に

清く正しく美しく


八十路坂に青天の霹靂

姉妹の欲望渦巻く泥沼

漸く逃げ切った


醜い姿を見ずに逝った

アボジとオモニ

私の唯一の救いだ


☆悲しくて悲しくて悲嘆のどん底に落ちている私を慰めようと、日比イチさんが送って下ったお菓子と果物と缶ビール。何時もの事だが、母親が娘に送る宝箱の様なプレゼント。お礼の言葉が見つからない。

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☆隣人に差し上げた折り鶴蘭。枯死寸前でいたので一個だけ譲り受け仕立て直した。どんどん増えていくので、よろしかったらと、差し上げていたのだが、私の自己満足であって、相手にとっては迷惑千万であった事に気が付いた一件であった。
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☆指の長さ位のものを仕入れて育てたサンセベリアとポトス2種。これもいくらでも増えるが、玄関にも置き場がなくなり、胡蝶蘭の鉢も居間に置いてあるので、居間が狭くなるばかりだ。
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☆息子と娘を保育園に預けて、同胞の金融機関「朝銀」に勤務していた頃。
実家を出て働かなければならなくなった時期があった時に、同胞のもとで働きたいと、娘時代に働いた経験のある「朝銀」に申し込んだら、新卒の受験者と共に試験を受けて合格したら雇うと言われた。子持ちの女性で、受験して勤務を始めたのは後にも先にも私だけであった。頑張りすぎる無理な生活の為に、新聞が読めない程に視力が落ちた。
誰にも言われていないのに、拘っていたのは何故だろう。結局これが、私の苦節の始まりであった。


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☆娘と私の誕生日は、旧暦で言うと同じ8月5日で明け方に生まれたことも同じである。オモニは何度も「干支が寅であるが、明け方に生まれたから、大人しいのだよ」と、私に言い聞かせていた。旧暦の8月5日には記念写真を撮るのが常であったが、この写真を写して貰った日には、息子は仙台にあった東北朝鮮学校の寄宿舎生活をしていた。三歳下の妹は、私に向かって、小学性を寄宿舎に入れるとは許せない、鬼だと怒った。その後に、この三歳下の妹は、私の息子が朝鮮の統一を願う月刊雑誌『統一評論』に入社した時には「親も親なら子も子だ、夢を食っては生きられない」と怒鳴った。また、私の息子に対して、日本人と結婚したら許さないと言ったのに、男の子は授からず娘二人なのだが、二人とも日本人と結婚させている。二人とも親族を呼んでの結婚式もしないままだ。

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# by pcflily | 2017-12-10 11:15 | アリランエッセー | Comments(2)  

挑発を続けているのは戦争が好きなアメリカと日本だ

一月号原稿

挑発しているのは誰か?    (ぱっ) (ちょん) (ふぁ)    神奈川


世界で唯一の被爆国          

日本は賛同しなかった「ICAN」(核兵器廃絶国際キャンペーン・ICAN)

今年のノーベル賞は「ICAN」

     

日本の敗戦による

米・ソの南北分断

米国は七〇年後も居座っている


核大国米国傘下の日・韓と

核大国ロシアと中国に包囲された

小国朝鮮は東アジアで       (南韓国と言わぬので北朝鮮と言わず)

核のない唯一の国だった


休戦協定を

「平和協定に変えよう」

朝鮮は核開発しないと

提言を続けた―――


核超大国米国の大統領ブッシュは

朝鮮への核先制攻撃を

全世界に宣言


海に浮かぶ軍事基地 

原子力空母「ロナルド・レーガン」

艦艇四〇艘等々


朝鮮半島の東西海域で

米韓軍事演習強行           (二〇一七年十月十六日より)

北朝鮮を標的に


春秋恒例の米韓軍事演習

挑発を長年続けてきたのは

米・韓・日である


過去忘れ真実の認識できぬ輩 認知症病み暗闇を行く


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◎花の少ない時期、純白の薄い花びらが優しい
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◎杜鵑草、優しい花色でも長く咲き続ける

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◎八つ手。葉がどんどん増えてこんな花を毎年見せる。
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◎韓国の古宮博物館の売店で、絵柄が朝鮮の民族的雰囲気なので求めたが、水漏れする、不良品と不満を言っていたが、息子に見て貰ったら、私の手力が足りなかったせいだと分かった。始めに締めて貰っても開ける事が出来ないので、私には使えない物となった。
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◎1999年アボジの葬儀の為に訪韓した。朝鮮籍の為に自由往来が出来なかったので、私は、特別に、母方・オモニの親族巡りをした。その時に贈られた。お人形さんや衝立や民族色の強い人形や右前の現代風のもの。これが、展示されていた。びっくりすると共に嬉しかった。我が家に、今もそのまま飾られている物達だったから。

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◎孫は車が大好きだった。我が家のロフトには車のおもちゃ沢山置いてある。この青い車は形が変わっているので、映してきた。沢山の車映しきて孫に見せたが、あまり喜ばなかった。「レゴ」に夢中になっていたが、現在はラグビーが全てになっている。昨年も今年も優勝したと言う。そのクラブのキャプテンを、昨年も今年もわが孫なのだと言う。ところが、息子に言わせると信じられない程、下手なんだそうだ。熱心に練習をするのに、上達しないらしい。下手であるのにキャプテンとは?統率力や人格によるものらしい。孫の入会している指導者が決めると言う。キャプテンとして取材され、抱負等を語っている新聞も見せてくれた。運動を全くしなかった。そして苦手な私の遺伝子のせいかなと申し訳なく思ってしまった。
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◎部屋から見る朝日、何故かいつみても感動する。これを見る為に、寝坊が出来ない。下の写真も同じく右端に朝日。
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◎徒歩3分の場所から見える富士山、この時せっかく見に行ったのによく見えなかった。雲が多すぎた。

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# by pcflily | 2017-11-29 20:41 | 『新日本歌人』 | Comments(4)